徹底的な住民目線から見出した、今求められる地域公共交通の形

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西内 裕晶NISHIUCHI Hiroaki

専門分野

土木計画学、交通工学

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公共交通空白地域で、高齢者の移動手段を確保するために

 急速な少子高齢化が進行する中山間地域では、公共交通の利用者の減少に伴う路線バスの減便・廃止が相次ぎ、車を運転できない高齢者などの移動手段の確保が喫緊の課題となっている。これらの公共交通空白地域において、コミュニティバスなどの地域公共交通を導入する自治体が増えているが、利用者の生活パターンに対する予測が不十分であったり、運転手や車両の確保に制約があったりすることから、導入後の利用者数は想定を下回るケースが多い。

こうした現状を受けて、交通工学を専門とする西内講師は、「中山間地域の移動手段をどう確保していくか」という難題に取り組んでいる。2016年度より高知県内のいくつかの自治体において、中山間地域の移動手段確保に関わる計画づくりに参画し、地域住民の移動の実態や今ある交通手段に対する満足度の調査・分析を支援する中で、中山間地域の実状を肌で感じたことがきっかけだった。


「この状況が続けば、僕が高齢者になる30年後、中山間地域は一体どうなってしまうだろうかと不安になったんです。今のうちに30年後のための対策を考えて、誰もが必要な時に気軽に使える移動手段を確保していくべきだと思いました」

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 そこで、まずは利用者の満足度を向上させる魅力的な公共交通を確保するための知見を整理しようと、公共交通を利用したことのある住民を対象に、高知県土佐清水市でアンケート調査を実施。市が運行するおでかけ号(デマンド交通)と民間の路線バスに対する利用満足度を構成する要因を把握した。  
 その結果、利用者は移動の達成や運行方法に加えて、「地域の情報が得られること」や「会話を楽しめること」を期待して公共交通機関を利用していることが明らかになった。


「アンケートの結果から、"地域との疎外感をなくす"ような取り組みが重要であり、地域公共交通に地域情報を発信する機能を持たせるといった工夫が必要であることがわかりました。それを実現するには、スマートフォンやタブレット端末などのデバイスが不可欠であり、これからの時代、交通弱者の高齢者も、最先端の機器を使えるようになることが、利用者の満足度を高める上で大切だと思うんです。地域公共交通もローテクから脱却し、とことんハイテクなものにならないかと考えています。今のうちにそのような流れをつくることによって、我々世代が高齢者になった時、その時代の若い世代に、"高齢者だからハイテクは無理"と見捨てられないようにしたいと考えています」

インタビューで得た本音から、住民の意向に即した地域公共交通のあり方を見出す

 調査・分析を進めていく中で、西内講師は、住民の意識を把握する手法のあり方に疑問を持ち始めた。というのも、現在主流となっている郵送式のアンケート調査やワークショップ形式のヒアリング調査では、本音ではなく建前の意見が抽出される場合や、交通に対する意識の高い住民のみが回答者となってしまう可能性があり、実際の住民の総意との乖離が見られる傾向にあると考えたからだ。西内講師は、実際に地域を訪れて住民に直接本音を問う必要があるのではないかと推察した。

「予定調和ではなく、ふいに地域を訪れ、住民一人ひとりに本音でお話を聞くことが、望ましい地域公共交通の形を実現する近道だと考えました」  

 そこで、住民との一対一の対話を通して本音を追求できる"インタビュー調査"で、住民の意見を明らかにし、地域公共交通の利用実態を把握しようと、高知県の土佐清水市、田野町、安田町にそれぞれ一週間滞在。研究室の学生が集落を歩きながら、出会った住民たちにランダムに声をかけて、インタビューを行った。  
 その中で、近年は中山間地域においても、自動運転による公共交通やICT技術を活用したシェアリングのシステムの導入が期待されていることから、個人間の輸送システムサービスやスマートフォンなどの情報通信技術(ICT)の受け入れ意識についても聞き取りを実施した。  
 さらに、回答者が地域公共交通や自治体、または自らの生活に対してどんな意識を持っているのかを知り、分析を深めるために、住民の本音を「ポジティブ」であるか、「課題意識」を持っているか、「困っている」かという3つの意識に分類して定義。インタビュー回答時の発言などから集計した。  
 その結果、「困っておらず、現状維持で良い」、「約半数が困っているが改善のための積極的な意識は低い傾向にある」、「さほど困っていないが、何か変えなければならないという改善意識を持っている」と、3つの自治体で意識に明確な差があることがわかった。

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「ICTの利用意向一つとっても、ある自治体の人はポジティブで、他の自治体の人はネガティブという結果が出ました。意識に差があるにもかかわらず、『地域公共交通網形成計画』では、不便なところをなくしましょう、コミュニティバスに乗って市街地に行きましょうと、どの自治体も同じようなことが言われています。例えば、住民の方がポジティブな自治体では、現在電話で対応しているデマンド交通の予約を、スマートフォンのアプリでできるようにすれば、住民の意向に応えるだけでなく、経費削減にもつながりますよね。こうしたことから、インタビューという手法を用いると、画一的なアンケートよりも住民の本音に近い意向を把握でき、本当に求められる移動手段のあり方を見出せることが示唆できました」    

 またインタビュー調査の結果において、「はい/いいえ」で答えた部分の量的データと自由に発言した部分の質的データの比較を行った結果、それぞれの主張は異なる結果を示す可能性があることがわかった。ここから、従来のアンケート調査と住民の本当の意見は違いが生じる可能性を明らかにし、本来期待されるべきサービスが提供されていない危険性を見出すことができた。

「高齢者が必ずしもICTに抵抗がないことがわかったので、今後はタブレットをコミュニティバスの中に設置し、地域の最新情報を閲覧できるようにしたいと考えています。地域に密着した情報を流すことで、それを目的にコミュニティバスに乗る人や、その話題でバス内での会話をする機会も増え、もっと楽しく地域公共交通を使ってもらえるんじゃないかと思っています。また実際にタブレットを操作することで、ICT機器に親しむことにもつながり、一石二鳥だと考えています」

ローテクから脱却した、ICT機器で交流を生み出す最先端のコミュニティバス

 インタビュー調査での成果を踏まえて、2018年度は田野町に研究室の学生たちが1シーズンにつき一週間滞在し、スーパー、病院、ドラッグストア、温泉施設など町の主要地で、地域公共交通のさらに詳細な利用実態調査を行ってきた。具体的には、町が運行するコミュニティバスの利用状況や利用の意思の有無に加えて、住民がどこからどういう交通手段でいつ来訪したのかという生活圏に関する内容をインタビュー。来訪者の生活圏と公共交通網を重ね合わせて、需要と供給がマッチしているのかどうかを明らかにしようとしている。
 それによって、将来の地域公共交通網を、利用者の生活に即した、より現実的なものとして整備できるのではないかと考えている。

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「例えば、田野町の施設で話を聞いても、実は隣接する奈半利町や安田町、少し離れた室戸市から来ている人が多い。ところが、今自治体が設置している地域公共交通は、その自治体の人の利用しか想定していない仕組みになっています。例えば、田野町との境界辺りに住んでいる安田町の人たちは、田野町のコミュニティバスを使いたくても使えないんですね。生活圏と与えられる交通手段が一致していない限り、いくら立派なバスを運行しても、あまり役に立たないんじゃないかと。その辺りの基礎的な知見を得るために、2018年度は田野町をベースにして調査を行っています。地域公共交通に興味のある人だけでなく、それを使っていない人も対象にできている点で、町のありのままの生活圏が見えてくるんじゃないかなと考えています」

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 町内の施設に町外の人がどれくらい来ているのかを数字で明らかにし、「コミュニティバスを町内だけで運行するのではなく、広域に広がる"町へ来る需要"をいかにカバーするか」ということを様々な自治体に提言していきたいと意気込む。

 この先、西内講師がめざすのは、ICT機器をフル装備し、高齢者がそれらを駆使しながら楽しく移動できるような最先端のコミュニティバスだ。

「買い物に行くだけ、病院に行くだけではなく、バスに乗ること自体が楽しくなるようなものをめざしたい。移動手段としてだけでなく、住民同士の交流の場としても利用されるような地域公共交通が理想ですね」 

 誰もが必要な時に気軽に使える移動手段があることが、当たり前の世の中になるためにーー。コミュニティバスの固定概念を覆す挑戦は、これからも続く。

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掲載日:2019年4月15日

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