酸化物半導体の特性を自在に操り、次世代エレクトロニクスの基盤技術に貢献

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牧野 久雄MAKINO Hisao

専門分野

固体物理学、半導体物理工学、薄膜工学

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p型酸化亜鉛の実現に向けて、材料の新たな特性を引き出す

 多様な性質を持つことから、機能の宝庫と呼ばれる酸化物半導体。従来の半導体の限界を超える次世代材料として注目を集めてきた。透明で高い導電性を示すことから、液晶テレビやスマートフォンのディスプレイ、太陽電池の透明電極材料として幅広く用いられ、私たちの生活に身近な材料となっている。  

 この酸化物半導体について、「さまざまな特性を組み合わせて何か新しいものを生み出していける、大きな可能性を秘めた材料だと思っています」という牧野教授。東北大学の助手時代、希薄磁性窒化物半導体の磁性を活かした高効率な電子デバイスの開発に取り組む中で、理論計算による半導体の材料設計の研究を行っていた本学の山本哲也教授にバンド計算を依頼したことから、本学との共同研究がスタート。その縁で、酸化物半導体の代表格とも言える酸化亜鉛を使った透明導電膜の成膜技術に関する産学連携研究を推進するメンバーの一人として、2005年本学に着任した。以来、酸化物半導体のデバイス応用や新機能の創出をめざし、酸化亜鉛の薄膜成長技術の開発から電子物性、表面・界面物性の解明に至るまで、幅広く研究を行っている。

 酸化亜鉛の半導体材料としての最大の課題は、デバイス品質を満たすp型酸化亜鉛の実現だ。半導体にはn型とp型の2種類あり、半導体として利用するにはその両方が必要になる。しかし、酸化亜鉛はn型になりやすく、p型をつくることは極めて困難とされている。

「酸化亜鉛を使った透明導電性酸化物や透明電極はいずれもn型の応用で、酸化物半導体の用途をさらに広げるためには、p型の実現が不可欠です。それが叶い、高品質のp-n接合をつくることができれば、一気に応用が広がります。そこで初めて半導体の仲間入りをしたと言えるのです」  

p型酸化亜鉛を実現するためには、材料の本質的な性質を理解した上で、いかに新たな特性を引き出すかがカギとなる。

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複雑で未解明な多結晶体の物性を追究

 半導体には単結晶と多結晶の二種類あり、結晶性固体材料の多くは、複数の単結晶からなる多結晶体として用いられている。牧野教授が研究対象としているのも、酸化亜鉛の多結晶体だ。単結晶に比べて大面積の成膜が可能でコストも抑えられることから、近い将来、普及するであろうフレキシブルディスプレイなど先端エレクトロニクスにも、多結晶の薄膜が使用されている。

「多結晶薄膜はさまざまな用途に使えるだけでなく、安価に成膜できるなど実用化を考えるとメリットが大きいんです。また多結晶体には解明されていない性質が多く、研究対象としておもしろい。知的好奇心を大いに刺激されています」  

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 いまだ解明されていないことの一つが、多結晶体の互いに隣接する結晶間にある「粒界」と呼ばれる界面の性質。粒界は、結晶の表面と似た性質を持つことも特徴だ。  

 結晶表面では、原子が共有結合の相手を失い、結合相手がいない未結合手が突き出した状態にある。結合相手がいない電子が存在するという不安定な状態のため、化学活性が高くなり、結晶中の電子の移動度をはじめ、物性に大きな影響を与える。結晶表面の性質に近いと言われる粒界も、これと同様の性質を持っているのだ。

「20~30nmの結晶がぎっしり詰まった多結晶体の結晶同士の間にある粒界は、ものすごく小さいものなんですが、電子が移動するときに邪魔をします。もっと詳しく言うと、粒界に大気中の酸素や水が吸着することで、電気の流れが悪くなり、電子を跳ね返したり、弾き飛ばしたりするんです。どういうふうに邪魔をするのか、そのメカニズムを突き詰めたいと地道に研究を続けています」

 さらに結晶表面では、未結合手に吸着した大気中のガスなどが取り除かれるときに、電気的な性質が発生する。それと同様に、粒界でも付着物を排除すると電気が流れるのだ。また、粒界での吸着物の有無で、半導体が光ったり光らなかったりと薄膜としての性質が劇的に変化する。このような特性をうまく利用することで、ガスセンサーなど様々な応用が考えられる。

「多結晶体は複雑な因子が絡み合っているので、その特性や性質を紐解いていくのは非常に大変で、追求している研究者も少ないのが現状です。一体何が起きているのか、どういう理由でその特性が出てくるのか、どうすればもっと特性が良くなるのか。わかっているようでわかっていないことが、たくさんあるんですね。だからこそ、結晶内部で起きていることにこだわり、応用に使えそうな物性を見つけたり、引き出したり、新たな特性を生み出したりすることをめざしてきました」  

 ミクロな世界で、一体何が起こっているのかーー。目には見えない事実を、さまざまな実験から明らかにしようとしている。  

 牧野教授の成果の一つが、酸化亜鉛を使った透明導電膜の質の向上につながる性質を明らかにしたこと。酸化亜鉛の多結晶体において、結晶構造の原子配列を制御することで透明導電膜の高品質化につながることを見出し、根拠なく推測で語られていた性質を、実験結果をもとに解明した。

「多結晶体の結晶が少し曲がって並んでいるだけで、非常に悪い特性が生じると言われてきました。それに関して、成膜技術を駆使して結晶の原子配列をきれいに整えることで、透明導電膜の性質が向上することを明らかにしました」  

こうした地道な研究成果の一つひとつが、p型酸化亜鉛実現の布石となっていく。

最先端の分析技術を産業界に普及させたい

 ガラス基板上に膜を付ける成膜の過程で、表面に何が吸着し、どういう状態になっているのか。成膜後の膜が大気に触れる前後で、どのような違いが生じるのか。多結晶体の物性を追求するためには、成膜技術と一体となった高精度な評価技術が重要になる。  

 本学は、薄膜の表面だけでなく、表面から少し内部の性質も調べることができる世界でも数台しかない「ダブルX線源硬X線光電子分光装置」を有し、評価技術においても最先端を誇っている。

「『ダブルX線源硬X線光電子分光装置』は高エネルギーのX線を出すことができ、それによって表面や少し奥の領域における電子のエネルギー構造を調べることができます。X線を物質にあてると、電子が飛び出してくるんですが、その時の電子のエネルギーを測ることで、もともと膜の中でのどのような状態だったかがわかるんです。このように膜の中でどんな状態にあるのかを調べることが、物質化学の分野ではとても重要な実験技術なんです。表面と内部を比較することで新たな知見を得られる可能性もありますね」  

 さらに牧野教授は、「ダブルX線源硬X線光電子分光装置」による分析技術が、広く産業界で活用されるための産学連携の取り組みも展開している。

「最近の分析装置は、簡単にボタン一つで測定し、結果が出てくるものが増えてきました。黎明期を築いた技術者の多くは、出てきた結果だけを信じてデータとして使うという風潮に危機感を覚えています。物質の内部で起きていることを理解して、結果に対して解釈を与えられるような若い技術者を育てていく必要があるんじゃないかと。そこで、最先端の分析技術を広く普及させて、日本の産業界を元気にしていこうと取り組みを進めているところです」

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応用技術の根幹を成す基礎的な領域を極めるおもしろさ

 見えないものをいかに見えているかのように調べ上げるか。これが、ミクロな世界を相手にする研究の最も難しいところだろう。とはいえ、新たな性質を見出し、それが世の中で使われるようになれば、"見えるもの"として広がっていく可能性はある。多くの人々に利用されるような応用技術の根本となる、基礎的な領域に携わっていることに、牧野教授は誇りを持っている。

「一つの疑問から始まり、試行錯誤しながら結果を得て、それを元に仮説を立てて、実験で試して、実際にその通りになることが、この研究の喜びです。どうしても最後にアウトプットされる目に見える部分ばかりが脚光を浴びますが、根本にはこういう基礎的なことの理解が不可欠です。根元の部分を突き詰めるのはおもしろく、やりがいがありますね」

 酸化物半導体の多様な性質を組み合わせることで、将来的にはどんなことが実現できるのだろうか。見えないことが"見えるもの"として、どう広がっていくのだろう。

「酸化物半導体が持つさまざまな化学的な反応を組み合わせると、将来的には新たなセンサー技術として利用できるでしょう。現在の通信でやりとりできるのは、音声と画像だけですが、ゆくゆくは触覚や嗅覚、味覚まで情報としてやりとりするような時代に向かっていきます。酸化物半導体は、そうした技術を生み出す基礎材料となるのは間違いありません。新たな分野を切り拓く一つのベースになるはずです」

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掲載日:2019年5月27日

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