目に見えないスポーツの価値を伝える、「スポーツマネジメント」の重要性とは?

前田 和範MAEDA Kazunori

専門分野

スポーツマネジメント、スポーツマーケティング

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地域にもたらす価値は無限大。スポーツはいかに人々を豊かにするのか。2019年のラグビーワールドカップをはじめ、この数年間で世界的なスポーツイベントが続く日本。スポーツに対する人々の関心が高まる中、スポーツ市場は規模の拡大が期待され、今がスポーツビジネスのチャンスとも言われている。そんな国内の状況に合わせて、近年需要が高まり、学術的研究が加速しているのが、スポーツマネジメント分野だ。90年代の不景気によって、企業に所属するスポーツチームの多くが廃部を強いられた一方で、スポーツの価値を生かした運営へ舵を切ろうと、独立採算で運営する地域密着型のプロスポーツチームが増えている。まさに「持続可能なスポーツチーム」をマネジメントする時代にあるのだ。かつて地元の神戸でプロバスケットボールチームの立ち上げに関わり、チーム運営の礎を築いた経験を持つ前田 和範助教は、「プロスポーツチームは地域での活動を活発に行うほど、地元のファンやスポンサー企業が増え、安定的な運営につながる」と強調する。プロスポーツチームが行う地域活動が、地域コミュニティにどのような影響を与え、いかに人々を豊かにするのか。自ら現場で得た経験を糧にしながら、スポーツがもたらす社会的価値のあり方を追究している。
チーム運営で得た実体験を学問に生かしていく

 小学生の頃から高校生までバスケットボールに打ち込むスポーツ少年だった前田助教。「スポーツマネジメント」に出会ったのは、社会人時代だった。
 大学卒業後、大手半導体メーカーに就職し、営業職として大手医療機器メーカーを担当。充実した日々を送っていたが、次第に「自分が本当にやりたいこと」を模索するようになる。きっかけのひとつは、社内のバスケットボール部で活動を始めたこと。アマチュアチームと交流する中で、チームや選手を支えるマネジメント側のスタッフに出会い、その活躍ぶりを目の当たりにしたことで、スポーツマネジメントの世界を意識し始めた。

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 「会社を辞めて大学院でスポーツマネジメントを学ぼう」と決意したちょうどその頃、地元の神戸でプロバスケットボールチーム「兵庫ストークス(現 西宮ストークス)」が設立されることを知る。すぐにコンタクトを取り、「勉強させてほしい」と直談判。退職後、半ば押しかけるようにチーム運営を手伝い始め、チームでの活動と大学院での研究を同時並行で進めていった。
 研究では兵庫ストークスの試合の観戦者の特性を調査・分析し、「新規参入したプロスポーツチーム」におけるマーケティング戦略の立案に有効な結果を見出した。一方、チームへの貢献が認められ、大学院2年目に兵庫ストークスの運営会社と社員契約。その夏、米国・シアトルの大学生の野球リーグでインターンを経験したことで、「地域に根ざしたチーム運営」の大切さを体感することになる。「プロではない大学チームにもかかわらず、試合には地元のファンがたくさん集まり、住民たちの地元チームへの愛着の強さや期待値の高さを強く感じました」

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 ここで学び、経験したことは、その後の兵庫ストークスの運営に大いに生かされていく。大学院修了後、兵庫ストークスの営業責任者となった前田助教は、地元の小学校を回ってバスケットボール教室を行ったり、祭りやイベントに参加したりと地域との交流を積み重ねることに力を注いだ。その結果、スポンサー企業や観客動員数を順調に伸ばすことに成功したという。「地域に密着した活動を行うことが経営資源になり、ひいてはチームの存在意義になっていきました」と振り返る。チーム立ち上げ・運営の立役者として奮闘してきたが、「これまでの経験を学問として生かしたい」という思いが募り、2016年4月、本学に着任。新たに研究者の道を歩み始めた。少子高齢化が進み、プロスポーツが盛んでない高知という土地で何ができるのか。厳しい地域だからこそ見出せる、スポーツの可能性を探っている。

積極的な地域活動が安定したチーム運営の基盤になる

 近年、ひとつの企業に頼らず独立採算で運営を行う地域密着型のプロスポーツチームが増えている。スポーツチームが地域活動を行うことで、地域住民や企業はチームの存在価値を再認識し、多くのファンやスポンサーを獲得することにつながる。これは前田助教が兵庫ストークスの営業時代に実体験したことでもある。
「ファンやスポンサー企業を増やすためには、チームが存在する社会的意義を感じてもらうことが何より大切だと痛感しました。選手たちが地域で様な活動に参加し、質の高いサービスを提供するほど、それがお金になって返ってきます。つまり、安定したチーム運営を行うためには、チーム強化だけではなく地域活動をマネジメントすることが重要なのです」
「社会的価値が経済的な価値につながる」という実体験から、スポーツがもたらす社会的価値をテーマに研究を進めてきた前田助教。現在はプロ野球独立リーグの四国アイランドリーグplusに所属する「高知ファイティングドックス」と関わりながら、プロ野球独立リーグの選手のホームタウンに対するポジティブな思いや関わりはどのように形成され、ホームタウンへの意識が在籍年数によってどう変化していくのかを実証しようとしている。

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 四国4県と北信越のプロ野球独立リーグに所属する選手157名を対象にアンケート調査を行い、分析したところ、在籍年数が浅い選手の地域活動への意識を高めている要因は義務感であるが、在籍年数が長くなるほど自発的な欲求やチームへの誇りから意識が高まっていることがわかった。さらに追跡調査の結果では、在籍年数に関係なく、地域活動への参加回数が多い選手ほど、地域における「ロールモデル(お手本)」になろうという意識をもつようになるということも明らかになっている。
 プロスポーツチームに関する先行研究は、社会貢献活動の意思決定プロセスやスタッフの意識に着目したものがほとんど。そんな中、「選手の意識」に焦点を当てた前田助教の研究は、プロスポーツチームが地域活動のマネジメントを行ううえで重要な示唆をもたらすものと言える。今後はさらに研究を深め、プロスポーツチームがホームタウンへの関与をいかに強めることで社会的価値が生まれるのか、そのメカニズムを解明していく。

スポーツの価値の数値化にチャレンジしたい

 前田助教は、高知に来てからスポーツに関わる様々な団体から相談を受けるようになったという。相談の内容は、チーム運営のマネジメントやスポーツイベントの情報発信の方法、さらには競技人口の減少にどう対応すべきかという切実なものもあり、スポーツマネジメントのニーズの高まりを肌で感じている。
 そんな現状を受け、学生と県内のスポーツ政策担当者、スポーツ関係者が議論する場を設けようと、2019年11月、「高知スポーツサミット」を高知大学、高知商業高校と共同で開催。「スポーツで高知を元気にする」ことをテーマに、学生たちが研究成果を発表し、高知県のスポーツ界を変える新たな一歩を踏み出した。
 高知県はもとより、今、日本のスポーツ界は変革の時にある。スポーツのビッグイベントが続き、今でこそスポーツ界には追い風が吹いているが、この盛り上がりを持続するためにも、この先スポーツマネジメントはますます重要性を増すだろう。一方で、米国などのスポーツ先進国と比べると、日本のスポーツ分野は「マネジメント」の考え方が欠けていると言われている。
「欧米ではスポーツは楽しむものとして発展してきましたが、日本のスポーツは体育の名残があり、そもそも身体を鍛えることを目的としてきたので、スポーツ本来の良さが十分に理解されていないように感じます。そんな日本社会でこれからスポーツの価値をどうつくっていくのか。スポーツが多くの人に求められるものになるためには、これからが正念場だと思っています」

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 スポーツイベントでは経済効果ばかりが注目されるが、それだけでなく、地域や社会にもたらした「目に見えない価値」をわかりやすい形で伝えることが、 スポーツの真の魅力を浸透させる鍵になりそうだ。
「スポーツはビジネスとして大きなお金を生むことを期待されますが、それよりも『スポーツでどれだけ人々が豊かになれるか』に価値があると思っています。目に見えない価値を明らかにするような研究を進めて、スポーツの価値の数値化にチャレンジしたい。それによって、スポーツがもつ価値を向上させていきたいですね」

掲載日:2023年2月/取材日:2020年3月