空の渋滞解消が地球の資源を守る、日本の空に革命を起こす交通システムとは?

原田 明徳HARADA Akinori

専門分野

飛行力学、制御工学、最適制御、航空交通管理

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日本の空を変える交通システムの構築で空の安全と経済性の両立に挑む。どこまでも広がるこの大空を気持ちよさそうに飛ぶ飛行機が、しばしば地上と同じように渋滞に巻き込まれていることをご存知だろうか。現在、一般的に旅客機ごとの飛行計画は航空会社にゆだねられ、それぞれ効率の良いフライトが計画されている。いわば、多数の飛行機が1点に集まってくる状態。発着便数が多く混雑する空港では、遅延の伝播や悪天候など様々な要因によって空の渋滞が起こってしまう。これをさばくのが、国土交通省で航空交通管制業務に従事する航空管制官だ。経験や勘といった、いわゆる「匠の技」を受け継ぐ管制官たちが、その時々の動態情報や気象状況を見極めながらパイロットに指示を出し、離着陸を行うことで日本の空の安全は保たれてきた。しかし、人命が関わることによる管制官の心的負担の大きさや、混雑や遅延による経済効率性の低下など問題も山積みになっている。「空の交通量が今後さらに増加すれば、現行のシステムで対応するのは難しくなる。限られた資源である燃料をなるべく長く使うためにも、効率的なシステムを構築したい」と原田 明徳准教授。空の安全と経済性の両立に向けて、日本の空のあるべき姿を追究している。
「日本の空を変えようじゃないか」恩師とともに航空交通の世界へ

 世界は大型航空機の登場により、文字通りひとっ飛びでどこへでも行ける時代になった。しかし人々の往来が容易になった半面、交通需要の増加に伴う混雑や運航効率の低下が問題となっている。近年、航空交通のさらなる拡大と効率向上を可能にするため、航空交通管理の研究開発は国内外で活発に行われてきた。
 原田准教授がこのテーマに出会ったのは約10年前。学生時代は九州大学で航空宇宙工学を専攻し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)で長年統括マネージャーを務めた恩師のもと、憧れだったスペースシャトルの大気圏再突入の軌道計算について研究を進めてきた。しかし、大学院に進学したタイミングで、退官の年を見据えた恩師が「最後に研究者として大学で何かできることはないか」と、航空交通の研究に取り組むことを決意。「日本の空を変えようじゃないか」という一言とともに、新たな研究への挑戦が始まった。
「恩師の方向転換に最初は少し驚きましたが、研究者として憧れだけでなく貢献も考えなければいけない。現在の航空の研究は何が課題で、自分にできることは何か考えたときにぴったりとはまったんです」と、原田准教授は当時を振り返る。いわゆるブラックボックスと呼ばれるフライトデータレコーダと同等の飛行データや管制用レーダーの航跡データなど、機密性の高いデータを大学にいながら扱えることにも心が躍った。

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 博士課程2年の時には、ドイツのミュンヘン工科大学へ留学。航空機の正確な軌道を作るべく、飛行管理システムFMS(Flight Management System)の細かい軌道計算や最適性の追究に取り組んだ。本物のコックピットと全く同じ計器やシステムが搭載されたフライトシミュレータで操縦の訓練をしたり、最適化計算の新たな手法を学んだり、日本ではできない様々な学びや実体験を通して感じたことは、研究者としての礎となった。
「実際のことに取り組む、というのは私が研究で最も意識していること。もっとも理論は根底にある大切なものですが、工学系の研究としては実際に社会で役に立つことがゴールだと思っています」

安全と経済性を両立させる鍵は「飛行機が飛びたい軌道」にあった

 1950年代頃から、航空機の自動操縦技術は凄まじいスピードで進化を続けてきた。現在はフライトの大部分が自動操縦で行われるが、天候などの影響により現場では時々刻々と状況が変わるため、パイロットには常に正しい判断が求められ、大事な離着陸は人の手で行う。しかし、現在の分割された空域ごとの監視と音声による管制指示からなるこのシステムでは、今後さらに交通量が増大していく中で効率低下が避けられない。管制指示を自動化し、より効率よく飛ばせる交通管理のあり方やシステム構築が世界的に求められている。
 既に欧米の空港では積極的に研究所やメーカーと連携して効率化を図るなど、段階的に自動化が進められているが、日本ではなかなか進んでいないのが現状だ。「管制官の経験と勘を頼りに安全を守ってきた現行のスタイルを変えるのは難しく、混雑や遅延による燃料の問題は二の次。日本の空では安全と経済性の両立は困難と考えられてきました」

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 こうした現状を打破すべく、原田准教授は個々の機体の性能を最大限に発揮できる運用方式や交通システムを追究。「すぐに大きく変えるというのではなく、車のナビゲーションシステムのように、機械が上手くアシストすることで管制官をサポートできれば」と、研究を重ねてきた。
「機体の性能や燃費は格段に良くなっていますが、それを最大限発揮できる仕組みがなければ意味がない。飛行機には、それぞれの機体が飛びたい軌道というものがある。それを導き出し、効率的な飛ばし方ができれば、飛行時間と燃料消費量の削減につながります」

非公開の飛行管理システムFMSを再現し最適軌道を導く

 航空会社が飛ばしている航空機は、機体に搭載されている飛行管理システムFMSに従って自動飛行を行っている。航空交通の効率化を図るためには実際の飛行データの検証が不可欠だが、機密事項にあたるため多くが非公開となっている。
 そこで原田准教授は、機体のエンジンや空力などの性能モデル、風などの気象条件を入力することで、最もよい燃費で飛べる最適軌道を算出する「模擬版FMS」と呼べる計算ツールを完成させた。「あらかたの航路は決められていますが、高度と速度はある程度自由に設定できる。軌道を予測し、あらかじめ定点を通過する時刻を調整できれば、飛行中に速度を制御することで混雑や遅延の改善が期待できます」
 現在はそのツールを使って、複数の機体が集まってき時にどうコントロールするかなどの、全体として航空機を最も効率的に飛ばすという当初の目的に向けたシステム作りを進めている。現状は管制官の感覚に近づけるべく、シミュレーションをとことん重ねながら現実の飛行との誤差範囲を縮小しているところだ。
「今、模擬版FMSによる予測と実際との飛行時間差が約1分半以内に収まるところまで来ました。でも航空機は巡航中、1秒でおおよそ250m飛びますから、4秒違えば1㎞変わる。それをどこまで詰められるか、極限まで精度を高めるにはどうすればよいかなど、とことん解析し、工夫を考える点がこの研究の面白いところです」

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限られた化石資源を長く使えるやさしいシステムをめざして

 航空機を効率的に飛ばせるこのシステムが実現できれば、地球環境にとって重要な意味を持つ。現状、大型航空機の動力は化石燃料に頼らざるを得ない。例えば、羽田ー福岡間の1便あたりの燃料消費量は約6~10トンに上る。
「羽田空港の発着便だけで1日に約1,000便。それが1カ月、1年となれば、機体ごとの飛び方ひとつで膨大な違いがあります。限られた地球資源をなるべく長く、大切に使うためのシステムを作りたい」と想いを込める原田准教授。日本の空を変えることで、私たちの安全、ひいては地球の資源も守るという、とても身近かつ壮大な研究だ。研究者にできることは限られているが、「安全性をきちんと確保して精度の高い計算ツールができれば説得材料になる。実装まで考えるとまだ先は長いですが、周囲と情報交換をしながら研究を進めています」と先を見据える。
 このほかにも、ハドソン川での航空機事故をもとに、両エンジンが停止した場合を想定した緊急避難経路の設計など、様々な研究に取り組んでいる。「緊急事態下でも簡単な操作で緊急着陸できるポイントを判断することも、軌道最適化のひとつ。コントロールのさじ加減は機械が最も得意とするところですから、様々なケースに対応できる誘導制御システムの開発をめざしています。予想を超えつつも合理的な結果が出てくると、学生たちも目の色が変わりますね」と表情を緩める。
 近い将来、日本の空を取り巻く状況は原田准教授の研究によって大きく姿を変えていくだろう。

掲載日:2023年2月/取材日:2020年7月