衣服を用いた二次元通信で、 身体表面のセンサへの給電と通信を実現!

野田 聡人NODA Akihito

専門分野

マイクロ波工学、高周波回路、無線通信、無線電力伝送

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身体のデータをより広く、深く計測できる新しいウェアラブルデバイスを求めて。スマートフォンに限らず、昨今ではスマートウォッチも一般的なものとなっている。タッチスクリーンやスピーカー、通話マイク、通知用バイブレータなどが搭載されているのをはじめ、心拍を測る機能などもあり、健康管理に活用するユーザーも少なくない。そうした人間の身体に身につけられるコンピュータのことをウェアラブルデバイスと呼ぶが、既存のウェアラブルデバイスにはない機能を独自の通信技術を使って追究しようというのが野田 聡人准教授の研究テーマのひとつだ。「手首の一点に機能を集中させたスマートウォッチで心拍数が測れるのは、心臓がひとつしかないからです。一方で、例えば全身の筋肉の緊張状態といったものは、個別の部位ごとに筋肉を動かした時に生じる神経の信号を読み取る必要があります」その実現をめざして取り組まれたのが、衣服への埋め込みが可能な柔軟かつ小型の電子デバイスを身体表面に数多く分散させた、分布型のウェアラブルシステムの開発だ。スマートウォッチを腕につけるように、衣服として着用することで、日常生活中のより詳細な生体情報が得られるデバイスの開発をめざす。実現することで健康管理や予防医療をはじめ、スポーツ科学、さらにはヘッドマウントディスプレイとの組み合わせによるバーチャルリアリティ(VR)産業の活性化など、各領域での応用が期待される。
衣服そのものを伝送路とし、給電・通信を実現する二次元通信

 スマートウォッチやスマートグラスなどの集中型のウェアラブルデバイスでは、バッテリを電源として、電波による無線通信を利用している。しかし、分布型のウェアラブルシステムでは、このような構成は現実的でないという。
「分布させるのは、スマートウォッチのようにタッチパネルをもつような大きさのデバイスではありません。豆粒のような大きさの、センサとなる集積回路(IC)チップだけを何十、何百と体中に散りばめるのです。この豆粒の1個1個にバッテリと無線通信回路をくっつけるとすると、センサ以外の部分の方がはるかに重く邪魔になると想像できます」と野田准教授。さらに、バッテリの充電・交換の問題や、多数の無線通信モジュールが密集し、干渉することによりデータ伝送の即時性·信頼性が損なわれることも課題となる。一方、データ収集・制御用の中央処理デバイスおよび電源から各素子に個別に有線接続する方法も、断線のリスクや衣服の柔軟性・着用性の低下というデメリットが生じる。
 これらの問題解決のために野田准教授が用いた手法が、導電性繊維を用いて構成した衣服を二次元的な伝送路として用い、バッテリやアンテナなしで素子に給電・通信する方法だ。
「二次元通信という技術の応用で、私自身が大学院の頃から取り組んできた研究分野でもあります。同技術を用い、衣服自体を伝送路とすることで、小規模な電子回路をピンバッジのように衣服の任意の位置に取り付けるだけで接続が完了し、個別の配線をしなくても給電と通信が可能です。電源は1か所から伝送路全体に給電し、各素子はバッテリレスで伝送路からの給電を受けて作動します」
 またデータ伝送もこの伝送路を介して行われ、外部に通信用の電波を放射しない。このように、一般的な有線・無線の接続方式にはない特徴を二次元通信は有している。

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(二次元通信で衣服上のセンサへの給電と通信を同時に行う技術の応用として開発された、LEDを散りばめたTシャツ。服の素材は導電性繊維が用いられている。)

柔軟素材特有の問題を回避し自由度の高いネットワークを実現

 衣服を含めた布やフィルムのような柔軟素材上に電子回路を形成する技術分野では、すでに多数の研究開発が行われている。そのほとんどが、衣服の上に多数の個別の信号線を形成するアプローチだ。一方で、野田准教授が推進する二次元通信を用いた方法では、衣服全体をひとつの伝送路として用いる。「通常の硬い回路基板と同じセンスで、ただ柔らかい材料に置き換えて回路を作ると、新たな問題が生じます。布なので、折れたり皺になったり、導電性の毛羽立ちができたりして、硬い回路基板では起きないような短絡故障が起こり得ます」と先行研究の課題を挙げる。
「私たちの研究する二次元通信方式では、1本1本個別に配線するのではなく、全部まとめて並列接続してしまうので、こうした短絡による故障は起きません。元々全部つながってますから」
 個別の配線を形成するのではなく、一様な材料ですべてを並列接続することによるメリットは他にもある。「一様に織ったり編んだりで作るので、ロールで大量生産できます。同じ生地からズボンもジャケットも長袖も半袖も作れます。さらに、衣服を作った後で電子回路の取り付け位置を変えたり、追加したり、やっぱり外したり、自由自在です」
 ただし、電力供給とデータ伝送に同じ伝送路を用いるため、多重伝送の仕組みが必要となる。野田准教授の研究では周波数分割多重化(FDM)という技術を用い、連続的な直流給電とデータ通信を同時に行う。
「同時というのがポイントです。通信をする間は電源供給を停止する方式に比べ、電力と通信のより高い需要にまで対応できます。そのぶん回路的には工夫が必要になります」
 また、既存のシリアル通信方式との互換性を、わずかな回路部品の追加で実現できるような回路方式も新たに開発した。すでに広く使われている既存通信方式との互換性を実現することで、市販のセンサICなどがそのまま利用可能となり、ICに内蔵された高度な機能および、既存の通信用ソフトウェアライブラリをそのまま利用できるなどのメリットが特長となっている。

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健康管理・予防医療への応用、VR産業の拡大などに期待

 野田准教授が研究開発したウェアラブルネットワークは、衣服上のセンサヘの給電と通信が同時に行えるため、産業応用の可能性が高く、例えば健康管理や予防医療への活用などが期待される。
「ヒトの体の表面のいろいろな場所にたくさんセンサなどを付けて動かし、そのデータを全部吸い上げることができる技なので、ヒトの体の計測がより密にできるようになるわけです。今後、普段着として日常的に着られるような衣服に実装できれば、例えば肉体労働者に対し、『筋肉の活動状態から、明らかにあなたに負荷がかかっているから休んでください』ということが言えるようになります」
 つまり、疲労感という主観的指標や労働時間という間接的指標ではなく、客観的・直接的な数値に基づいて健康管理ができ、より安心・安全な労働環境づくりに寄与できる。その他、高齢者のホームヘルスケアはもちろん、詳細な身体のデータを取れるということからスポーツ科学への応用、VRにおける全身触覚を担うシステムヘの応用なども考えられる。

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「社会的課題の解決や新産業の創出などを見据えた、こうした応用システムの開発には、試行錯誤の積み重ねが必要となり、それを昨年着任した高知工科大学の学生たちとこれから本格的に取り組めるのを楽しみにしています」と野田准教授。学生たちには常に自由な発想で研究を行ってもらうため、極力制約を設けず、クリエイティブな作業に集中できる環境を整えたいと語る。
 最後に野田准教授に研究の醍醐味を伺うと、「こう やればできるんじゃないかな?という思いつきを、自分がもっている知見を使って検証し、ほら、できた!っ ていう達成感ですね」という答えが返ってきた。
「この研究で究極的に検証したい『思いつき』は、従 来のエレクトロニクスの価値観をひっくりかえすことです。どんどん集積密度を上げて手のひらサイズに高機能を詰め込む方向性から、単純な回路を全身に、あるいはもっと広く分散させて、新しい機能を実現していく方向性への転換です」
 上に挙げたように医療やVRといった社会的・産業的ニーズに応える研究成果の創出による社会貢献に加え、エレクトロニクス分野のパラダイム転換の問題提起など、「思いつき」の検証の場は広がり続ける。

掲載日:2023年7月/取材日:2022年11月