雲や降水現象を数値モデル化 し、より正確な気候変動予測に貢献する

端野 典平HASHINO Tempei

専門分野

気象学、雲物理学、衛星リモートセンシング

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気象・気候予測の精度向上に不可欠な、雲に関する現象の解明に挑む。気象・気候予測の精度は、ここ20年ほどの間に急速に向上してきた。その要因のひとつは、スーパーコンピュータの性能の飛躍的向上だ。膨大な気象データを高速処理することで、より高い解像度での気象シミュレーションが可能となった。また、人工衛星やレーダーなどを用いた、広範囲かつ高精度な気象観測技術の進歩も精度向上に寄与している。そしてもうひとつ、忘れてならない要因は、予測モデルの進歩だ。 しかし、気候変動や気象を予測するうえで要(かなめ)となる雲や降水現象の物理的研究にはまだ多くの課題がある。「雲の中で何が起きているのか、実はまだ謎の部分が多いんですよ」と語る端野典平准教授。たとえば、水と氷とが混在する「混合相」の雲はどのように生成・維持されているのか。雪(氷粒子)の形状や大きさの違いが降雪量にどう影響するのか。これらの現象をより正確に再現できる数値モデルの構築を通して、端野准教授は気候・気象予測の精度をさらに高めたいと考えている。
精確な気候変動の予測には、「混合相」の理解が不可欠

 混合相は、雲の中で雲の頂の温度が0℃以下で、氷の結晶と液体の水滴が同時に存在する現象だ。極寒の北極付近では高度2km以下、時には500m程度の下層で混合相が発生する。雲は一般的に日傘効果と温室効果をもたらすが、北極圏 では温室効果の方が強く働く。年平均60~80%の頻度で発生する混合相の雲は、北極での海氷の形成と深く関わっているのだ。「熱力学的には、この混合相の雲は不安定なはずなのに、時には数日間空に浮かんでいたりします。こうした現象も 含め、雲の発生・成長・降下過程をより正確に再現できる数値モデルを作って、気候や気象の予測に役立てる、いわば気候・気象モデルをブラッシュアップするための基礎研究です」と端野典平准教授は言う。
「雲の研究が気候・気象の予測に重要な理由は、大気中の雲が太陽放射の反射や地球放射の吸収・放出を通じて地表温度や降水量を制御するからです。雲がどのような形態を取るか、どの高さにあるのか、どのくらい長く存在するかなどは、地球のエネルギーバランスに大きな影響を与えます。雲を正確に理解することは、気候や気象の予測にとって不可欠なのです」

雲粒子や降水粒子のふるまいを精確に再現するモデルを開発

 気候・気象モデルでは、対象となる空間を格子に区切り、それぞれの格子点において流体の状態を計算していく。気候モデルなら100~200キロ四方、気象モデルでは10~20km四方の格子が用いられる。さらに、LES(Large Eddy Simulation)実験では10m程度の格子を用いて乱流を計算する。端野准教授によれば、「いずれにしても、そこで用いられるのは古典力学である流体力学の方程式です。しかし微粒子の集合とも言える雲の物理過程を再現するには別の物理スキームが必要です」
 雲や降水の発生、成長、消滅に関わる微小な粒子(雲粒子や降水粒子)の挙動を表現する場合、微物理スキームと呼ばれる数値モデルが用いられる。端野准教授たちのグループは2007年から新たな雲微物理スキーム「SHIPS(Spectral ice HabIt Prediction System)」を開発してきた。従来よりも高い精度で雲微物理現象を再現できるSHIPSは、高緯度の雲降水現象を中心に、他の研究グループでも利用されはじめている。

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氷粒子の形状にも着目し降雪予測の精度向上に貢献

「雪は天から送られた手紙である」これは世界で初めて人工雪の製作を成功したことで知られる物理学者、中谷宇吉郎氏の言葉だ。端野准教授は講演などの際、しばしばこの言葉を引用するという。
「雪の結晶(氷粒子)は、その成長過程で経験した気温や水蒸気の量を反映した形状を示します。つまり雪の結晶を観察すれば、空の温度や湿度がわかる。まさに天からの手紙です」端野准教授も、中谷氏とは別の観点から雪(氷の粒子)に込められた「天からのメッセージ」を気象予測の精度の向上に役立てる研究を行ってきた。
「降雨のシミュレーションでは、雨粒はほぼ球状と考えて差し支えありません。しかし雪の場合、そう単純にはいきません。雪(氷粒子)の特徴はその形状と大きさの多様性にあります。氷の結晶は六角形や樹枝状のきれいなものは少数派で、大多数は複雑な形をしています。また、これらがぶつかってできた雪片や雲粒とぶつかってできたあられがあります。当然、落ちる速度も異なります。降雪現象を精度よく予測するためには、様々な氷粒子の特徴を再現する微物理スキームが必要となります」
 従来のスキームでは、雲降水の現象によらず氷粒子の形状や大きさはあらかじめ仮定している。端野准教授は粒子の質量を、成長させる要因で分けることで粒子の変化の様子を滑らかに表現できるスキームを開発した。このスキームを用いると板状、針状、樹枝状結晶を気象現象に応じて得られる。このようなアプローチは気象予報の精度の向上につながると考えている。

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「雲物理」の領域を中心にグローカルに研究を展開中  

 ここまでに紹介した他にも、端野准教授は雲物理をベースに様々な研究を行っている。たとえばエアロゾルと雲の相互作用。エアロゾルは大気中に浮遊している微小な粒子や液滴だ。端野准教授は北極の混合相の雲を研究する過程でエアロゾルに着目。「浸水凍結(雲水粒子内の固体粒子が凍結を引き起こす)」を用いた再現実験などを行い、凍結過程と形成する氷粒子の関係性の解明を進めてきた。また高知工科大学に赴任してからは、地域貢献の一環として、「雨音」で降水量を推定する雨量計の開発にも携わっている。「中山間地で安全に暮らすためには、山間部の降水分布を正確に観測する必要があります。開発した音響雨量計は、雨音を録音することで、降水量を推定します。最大の売りは、低価格。もちろん構造もシンプルです。将来的にはもう少し推定の精度を高め、リアルタイムでモニタリングできるネットワークを構築できればと思っています」と端野准教授。
「これまでの研究とは、ちょっと毛色が違うけど、相手が雨粒だから、雲物理の範ちゅう、と言えなくもないかなあ」と微笑む。
 端野准教授が京都で学生生活を送っていた頃、国際社会による温室効果ガスの排出削減目標を定めた京都議定書が採択された。それが雲物理分野に進むひとつのきっけだったと振り返る。気候変動が危機的状況にある今、そして今後、微小な粒子の側から気候・気象予測の精度向上に貢献する端野准教授の研究の役割は、さらに重要になっていく。

掲載日:2023年7月/取材日:2023年3月