高い耐震性と優れた施工性を 兼ね備えた「CES構造」とは

鈴木 卓SUZUKI Suguru

専門分野

鉄筋コンクリート構造、鋼コンクリート合成構造、耐震設計

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地震大国の日本で生きる、次世代の建築構造形式の確立へ。「地震大国」と呼ばれる日本。国土面積は全世界の0.25%に過ぎない小さな島国にもかかわらず、マグニチュード6.0 以上の地震の約2割が日本周辺で発生し、近い将来、南海トラフ地震をはじめとした巨大地震の発生が懸念されている。 地震の被害を最小限に食い止めるため、誰もが安心して過ごせる耐震建築構造の開発・設計・施工が重要性を増す一方で、建設現場では就業者の高齢化が進み、将来的な担い手の確保が課題となっている。
耐震工学を専門とする鈴木卓准教授は、この二つの課題を一挙に解決することをめざし、熟練した技術を必要としない優れた施工性と高い耐震性を併せもつ「鉄骨コンクリート(CES※)構造」という新しいコンクリート構造の研究開発に取り組んできた。繊維補強コンクリートと鉄骨のみで構成されるCES構造は、人口減少時代に突入した地震大国、日本において、今後の建築構造形式の主力になり得るものとして注目されている。
※ Concrete Encased Steel
CES構造の実用化に向けた確固たる道筋を示す

 建築物の構造形式として、鉄筋コンクリート造(RC造)や鉄骨造(S造)は知っていても、RC造とS造を組み合わせた「鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)」は聞いたことがないという人は多いかもしれない。大正時代に日本で開発され、独自の発展を遂げてきたSRC造は、耐震性能に優れた建築構造のひとつとして大規模建築物や高層建物に採用されてきた。しかし、1990年代以降、設計・施工の煩雑さによる工期の長期化やコスト高が主な要因となり、建設棟数が激減。その一方、1995年に発生した兵庫県南部地震による建物被害調査の結果を見ると、SRC造の総合的な耐震性能は他の構造に比べて群を抜いていることが明らかになった。そこで、SRC造の高い耐震性を生かしつつ、より施工性に優れた建築構造として、2001年、鉄骨と繊維補強コンクリート(FRC)のみで構成される「鉄骨コンクリート(CES)構造」の研究開発が国内でスタートした。
「CES構造はSRC造から鉄筋を取っ払う代わりに、コンクリート中にビニロン繊維を投入して強度を高めたFRCを用いることで、鉄筋がもつ"コンクリートの落下を防ぐ働き"を代替しています。鉄骨にFRCを打ち込んだだけの簡単な構造なのでSRC造で必要となる複雑な鉄筋工事が不要となり、高い耐震性を担保しながら工期短縮や建設コストの低減が期待できるのです」
 地震大国かつ労働人口不足が懸念される我が国に適した構造形式であるCES構造。鈴木准教授がこの研究に携わるようになったのは、修士1年の頃。学部時代からの恩師がC E S 構造の考案者だったことが縁となり、CES構造の実用化に向けた構造性能評価のための実験と解析に取り組むことになった。
 それから13年後の2022年5月、鈴木准教授らが分担執筆した「鉄骨コンクリート(CES)造建物の性能評価型構造設計指針(案)・同解説」が日本建築学会から刊行された。これによって、CES構造の実用化に向けた確固たる道筋が示されたといえよう。
「この書籍の中で、私はCES構造における耐震壁の構造設計法と構造部材の解析モデルを解説しています。これらはCES構造の建物の設計に用いられる構造解析に必要不可欠なものです。次世代の構造設計者である学生たちにこそ読んでもらい、この書籍を通して建築構造の発展に貢献したいと思っています」

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CES構造における柱脚部の構造性能を初めて明らかに

 CES構造の今後の普及が期待される中、鈴木准教授はこれまで検証が不十分だった建物と基礎の境界にあたる「柱脚部」に着目。ひび割れから破壊に至るまでの力学性状を解析するとともに、構造性能の力学特性を用いた建築物の耐震性能の研究を目下進めている。
 内蔵鉄骨を有するCES構造の柱脚形式には、鉄骨を基礎の構造に埋込むか埋込まないかの2種類がある。非埋込み型は埋込み型に比べて施工性に優れているが、耐震性は埋込み型よりもはるかに劣り、それぞれメリット・デメリットがある。
「建物の設計・施工は工期、コスト、耐震性など、あらゆる要素が複雑に絡み合って実施されます。そのため、我々研究者は、設計者が状況に応じて最善の選択ができるよう、あらゆる場面を想定し、様々な形式の性能評価を行うことで、幅広い選択肢を提示することが重要だと考えています」

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 まずは埋込み型の試験体に地震動をイメージした力をかけ、ひび割れを観測する構造実験を行った結果、埋込みの深さが浅いほど、せん断力に対する抵抗力が低下すること、埋込んだ鉄骨を支えるベースプレートの有無によって抵抗力の大きさに差が出ることをそれぞれ確認し、CES構造における埋込み柱脚の構造性能を初めて明らかにした。
 次に、非埋込み型においては、耐震性を向上させるため、ベースプレート下面に滑り止め補強を施した試験体を作製して構造実験を行った。その結果、滑り止め補強を行うことで、せん断力に対する抵抗力が上昇した一方で、試験体側面の基礎コンクリートの破壊が発生し、メリットだけでなくデメリットも生じることが確認できた。
 鈴木准教授のように、耐震工学の分野で実験と解析の両面から研究を行う研究者は少なく、この点は自身の強みと自負しているという。「実験と解析の両面から研究することで、理論上の計算だけでなく、実験から地震動に対するコンクリートの力の流れや抵抗を実証することができ、これまで考えられていた想定を数値的に示すことができるのです」
 柱脚部の各実験では破壊に耐えられる最大の力も観測し、CES構造の設計を行ううえで必要となる部材の耐力評価式の提案につなげていこうとしている。

CES構造との出会いが研究人生を形づくってきた

 鈴木准教授は、日本の耐震工学を前進させることをめざし、この研究以外にも数々のテーマに取り組んでいる。そのひとつが、地震による変形前後の高解像度の写真データを用いて建物全体に生じたコンクリートのひび割れを可視化し、損傷度を自動判定できる仕組みの構築だ。
「建物全体に生じた小さなひび割れを目視で観測することは手間と時間がかかり現実的ではありません。そこで、デジタル画像相関法(DIC)という手法を用いて自動判定できる仕組みをつくり、地震後に必要となる建物の安全性判断の飛躍的な効率化につなげたいと考えています」
 鈴木准教授は、南海トラフ地震の被害が想定される静岡県出身。小学生の頃から定期的に防災訓練が実施されていたり、各自の椅子に防災頭巾がかけられていたりと、地域の特性から地震について考える機会が多かったという。また、畳屋を生業とする祖父に連れられて建築中の住宅を間近で見てきた経験も少なからず影響し、その後は地震と建築を掛け合わせた耐震設計の道を選んだ。これまでの研究活動を振り返り、「CES構造との出会いが自分の人生を形づくってきた」と語る。

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「CES構造は研究に取り組んでいる人が少ない分、自分がやればやるだけ世の中に成果として出すことができます。新しい構造形式を世の中に打ち出していくという意気込みで研究を行えることが大きなモチベーションになっています」
 建築設計というと"意匠デザインする"ことが先にイメージされがちだが、学生たちには構造設計士として活躍してもらいたいという。そこには、「日本で建築に携わる以上、構造的な課題は切っても切り離せない」という鈴木准教授の思いが凝縮されている。
「CES構造は地震大国の日本でこそ使ってもらいたい構造形式です。CES構造で造られた建物の第一号をこの目で見る日を楽しみに待ちながら、今後もCES構造の精度や信頼性をさらに高めるために実験と解析を続けていきます。そして、『耐震工学のことなら鈴木に聞け』と社会から頼られる、この分野の第一人者になることが目標です」

掲載日:2023年10月/取材日:2023年7月