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誰もが利用できるアプリケーション開発を通して、社会課題の解決へ
- 地域のニーズに応えるシステムの形とは?山積する課題にデジタル技術で立ち向かう。人口減少や少子高齢化、大規模災害の増加、経済力の低下......地方には解決すべき課題が山積している。2024年4月、本学の5つ目の学群として始動した「データ&イノベーション学群」の教員の一人、佐伯幸郎准教授はこれらの社会課題に向き合い、情報技術やソフトウェアの力で解決する方法を模索し、誰もが利用しやすいアプリケーションを提案してきた。デジタル技術であらゆる課題を解決するDX化の恩恵は、過疎の進んだ地方や中小企業でこそ大きい。佐伯准教授の研究は、課題先進県と呼ばれる高知県でどのような展開を見せていくのだろうか。
日常的な認知機能検査を可能にするプラットフォームを開発
データを起点にイノベーションを起こし、高知で世界の課題解決に貢献するーーこれはデータ&イノベーション(D&I)学群が掲げるビジョンである。このビジョンを具現化していくための立役者の一人として期待されているのが、佐伯准教授だ。
本学情報学群の卒業生(4期生)でもある佐伯准教授が一貫した研究指針として掲げているのが、人口減少や少子高齢化に端を発する社会課題に情報技術やソフトウェアからアプローチすること。目下取り組んでいるテーマのひとつが、在宅の高齢者の孤立を防ぐために遠隔で認知症の診断や日々のケアを行えるシステムの研究開発だ。
認知症患者の増加と医療従事者の不足が深刻化する中、認知症の早期発見は高い治療効果を期待できることから重要視されている。認知症スクリーニング検査として、10時10分の丸時計を描く時計描画検査や立方体を描き写す立方体模写検査がよく利用されているが、一般的にこれらの検査では医療従事者が描画の完成形だけを見て採点や診断が行われてきた。一方、描き上げるまでの思考時間や描き順など"描画過程"の情報も認知機能に関わっていることが明らかになっており、描画過程を利用した新たな採点法や診断法の開発を望む声があがっている。
そこでまず、佐伯准教授の研究チームは描画検査において描き順や思考時間、筆圧、速度などの描画過程も含めて可視化する手法を提案した。
「手の震えは認知症と大きな関わりがあり、医療従事者は描画中の手の動きから何らかの異変を感じることができます。そのため描画中に描き直した回数、描くスピードや筆圧、描くのに苦戦した箇所とスムーズにかけた箇所などあらゆる情報を記録し、どのような順番でどのように描いていったのかを閲覧できる環境を構築しました」
さらに、描画検査の実施から描画過程の情報を含んだ検査結果の閲覧、診断までを一貫して行えるシステムを考案。試作したシステムを用いて医療現場、介護施設、一般家庭を対象に検証した結果、実際の運用が可能であることを示した。
「このシステムを使えば、近隣に医療機関がない中山間地域の高齢者でも自宅で日常的に認知機能検査を行うことができ、送信された結果から医療従事者の診断を受けることが可能になります。双方にとって大幅な負担軽減はもちろん、認知症の早期発見にもつながります」
このシステムは検査から診断までを一貫して行えるツールであるだけでなく、これまでになかった描画検査のデジタルデータを収集するための基盤でもある。
「あらゆる面での拡張性を重視して設計・実装しているので、様々な描画検査に対して描画データの収集を加速させることも期待できます。今後はこのシステムを用いてより多くのデータを収集し、描画検査の発展に貢献していきたいです」
蓄積されたビッグデータを活用し、持続可能な消防・救急事業をめざす
デジタル化が進む中、国や自治体がICTを駆使して収集した多種多様なデータを施策やまちづくりに役立てようとする動きが活発化している。佐伯准教授らは神戸市消防局の協力を得て、蓄積された消防や救急の出動に関するビッグデータを活用し、持続可能な消防・救急事業の実現をめざす研究にも取り組んでいる。
「消防や救急の出動データは、救急・消防の需要予測やリソース運用の最適化など、データ駆動アプローチへの活用が期待されているのです」
自治体の消防局が地域内のどこに何か所の消防署を設置し、各消防署に車両を何台配置するかという構成を決定することは、迅速かつ効率的な消火活動の鍵と言える。財政状況が厳しい中、限られたリソースでいかに効率の良い構成を求めるかが重要になる。そこで、消防局の編成が市内の各町丁目からの要請をどれだけ満たせるのかを把握するために、消防局の構成の分析・シミュレーションを支援するツールを提案。消防局の構成データと町丁目データから、各町丁目で火災が発生したときにどの車両が何秒で駆けつけるかを自動計算し、結果を地図上に可視化するとともに、様々な要求のもとで消防局の最適な配置を自動計算することも可能にした。
続いて、救急医療のひっ迫の要因のひとつである熱中症に対する救急出動データの分析にも着手。将来を見据えた持続可能な熱中症対策の立案をめざし、過去の気象データと救急出動データから熱中症搬送者数を予測するモデルを構築した。そして、その予測モデルと週間天気予報のデータを組み合わせて、直近一週間の熱中症搬送者数の予測を提示するアプリケーションも開発した。
さらに効率的な救急現場を実現するために中長期的な救急搬送件数を予測するモデルも提案し、このモデルの確立に向けた研究を進めているところだ。
「大事なのは僕たちが分析して結果を提示することではなく、ソフトウェア化することによって消防局の皆さんが自分たちであらゆる状況を想定したシミュレーションができるようにすることです。僕たちが開発したシミュレーションを支援するシステムは神戸市消防局で実際に使われており、そこから見出された結果は、中長期的な神戸市の消防行政のあり方を検討するためのデータとして活用されています」
PBL教育の推進役として、学生とともに実践を加速していく
データ&イノベーション学群では、実社会にある課題の解決に取り組むPBL(Problem/Project Based Learning)が重要な教育の柱となる。PBLの授業の中で、学生たちは高知県内の自治体や企業などと連携しながら課題を発見して解決策を考え、デジタル化から社会実装につなげるDXのプロセスを学んでいく。
日本で実践教育の重要性が広く認知され、全国の大学でPBLが導入され始めたのは、2006年、経済産業省が「多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」として「社会人基礎力」を提唱したことが背景にある。そして2008年、文部科学省が成長分野を支える情報技術人材の育成に向け、実践教育を広く普及させる拠点の形成を進めるプロジェクトをスタート。当時、本学の博士後期課程を修了して間もない佐伯准教授が、縁あってこのプロジェクトに本学の助手として参画した。それ以来、2021年までの13年間にわたりPBLという学習方法に授業改善や評価手法といった側面から関わってきた。つまり、佐伯准教授は日本の大学でPBLの実践が開始した当初から、PBLのあり方を最前線で追究してきた研究者の一人と言える。
データ&イノベーション学群ではこれまでの知見を生かし、自身の研究だけでなく、PBLのカリキュラム設計や学生への指導、PBLに対する理解を促すための学内への周知活動など幅広い役割を担っていく。これにも、「僕は自分のことを"なんでも屋さん"と思っているんです」と軽やかな笑みを浮かべる。2013年に本学から神戸大学へ転任したものの「いつかは教員として工科大に戻ってきたい」という思いは持ち続けていたという佐伯准教授。偶然にも今後の方向性を考えるタイミングで、データ&イノベーション学群の教員公募の存在を知ったことが古巣に戻ってくるきっかけとなった。
「課題先進県の高知県は、まさにソフトウェアで社会課題を解決するという研究とすごく相性がいい。できることはたくさんあると常々思っているので、企業や自治体の皆さんと一緒にどんどん進めていきたいです。僕が入学した当時、本学は"これから新しいことをやっていこう"という空気感に満ちていました。データ&イノベーション学群ではその頃の勢いさながらに、学生たちの新しいチャレンジをどんどん後押ししていきたい。失敗を恐れず、やりたいことに全力で取り組んでもらえるような環境を学群をあげてつくっていきたいと思います」
掲載日:2024年5月/取材日:2024年3月
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