社会インフラの効率的な管理をめざして~スマートインフラマネジメントの新時代へ~

小濱 健吾OBAMA Kengo

専門分野

土木工学、確率統計、インフラアセットマネジメント、リスクマネジメント

詳しくはこちら


 日本の社会インフラは、高度経済成長期に整備され、私たちの生活を支える重要な役割を担ってきた。しかし、年数が経つにつれ老朽化が進み、近年頻発する自然災害の影響も相まって、維持管理が大きな課題となっている。
 このような状況下で注目されているのが、インフラの管理をより効率的かつ効果的に行うための「アセットマネジメント」という考え方だ。アセットマネジメントとは、資産のライフサイクル全体を通じて、その価値を最大化するための管理手法。これを社会インフラにも適用し、計画、建設、維持管理、更新、そして最終的な廃棄までの全過程を最適化することをめざそうというわけだ。
 小濱健吾准教授はアセットマネジメント・リスクマネジメントの分野で研究者としての歩みを開始し、確率論や統計学を駆使して最適廃棄・補修モデルの構築を進めてきた。その後、「産学連携から産学共創へ」を掲げる大阪大学とNEXCO西日本の共同研究をリードし、高速道路構造物の常時監視を可能にするシステムの実装を実現。その経験から、スマートインフラマネジメントの社会実装に向けた方法論の構築を進めている。
統計モデルを活用した劣化予測技術の開発

 小濱准教授が研究をスタートさせた2008年頃、日本の社会インフラは予算不足の中で劣化が進行し、危険な状況に直面していた。
 「学生時代からずっとデータを使って統計的手法で劣化予測をしていました。インフラのアセットマネジメントにおいて最も重要なのは、必要となる予算の見積もりとそのための劣化予測です。企業がもつ定期点検データなどを使って分析して、どのように点検や補修など意思決定をすればより効率的か、予測モデルの精度を上げようと奮闘する日々でした」

革新的なモニタリングシステム「newron」の開発と実装

 2011年、大阪大学大学院・NEXCO西日本高速道路学共同研究講座が開設された。この講座の目的は、NEXCO西日本の豊富な高速道路事業経験と大阪大学の高度な学問力を融合し、高速道路に関する新たな学問分野「高速道路学」を開拓すること。具体的には高速道路の建設・維持管理、経営、情報化など、幅広い分野の研究を行い、より安全で効率的な高速道路の構築をめざすものだ。
 2012年、小濱准教授はこの講座の運営者の一員となった。そして、無線センサを活用してあらゆる構造物を常時監視するシステム「newron (NEXCO West Real-time Observation Network)」の開発に携わり、2018年実装に漕ぎ着けた。
高速道路の安全を脅かす事象の中でも甚大な被害をもたらす土砂災害、その大きな原因は降雨による斜面の崩壊である。newronⓇは設置・撤去・メンテナンスが容易な無線センサで斜面の土中水分量や地下水位などをモニタリングするもので、IoT技術を活用して高速道路構造物の常時監視が可能となる。現在、新名神高速道路(高槻JCT・IC~神戸JCT)に設置し、試行が続けられている。
 小濱准教授によると、「実は、高速道路に計測機器をつけること自体が、それまではあまりやられていなかった。その付け方も耐障害性、柔軟性、自己修復性の優れたメッシュネットワークを持つ無線システムでやって、かつ、無線システムからNEXCO西の自営回線に飛ばしてセキュリティも担保している、という点は評価されていいと思います。今後は、そうして集めたデータをどう事故防止に活かしていくか、つまりデータから情報を引き出し、予測し、活用するシステムの構築が課題となります」

オープンイノベーションによる技術革新

 NEXCO西日本との協業は小濱准教授にとって、オープンイノベーションの重要性を認識する機会となった。
 「共同研究講座で11年半、企業と協働してきたというのが、大きなアドバンテージというか、(私は)かなり特殊な環境にいて、そこではオープンイノベーションというのが目に見える形で展開していたんです」
 オープンイノベーションとは、企業が自社の枠を超えて、外部の企業や研究機関、スタートアップ、そして一般の人々など様々な主体と連携し、新たなアイデアや技術を取り入れてイノベーション(新たな価値)を創出していく取り組みを指す。
 「大学が専門知識(シーズ)を企業に提供し、企業側はその企業で課題となっているニーズとシーズをうまくマッチングさせて、そこでイノベーションを引き起こす。私が所属していたNEXCO西日本の高速道路学共同研究講座でやっていたように、オープンイノベーションの成果を現場で本当に役立つ、使える研究成果としてカタチにしていく。従来から言われている"産学連携"を"産学共創"へと発展させることを、これからの目標のひとつにできたらと思っています」

_X0A9608.jpg

最新技術を活用した斜面管理への挑戦

 インフラ維持管理の現場では、デジタル技術の進展に伴い、スマートインフラマネジメントという新しいアプローチが注目を集めている。これは、IoTセンサー、ビッグデータ解析、AIなどを統合的に活用し、インフラの状態を継続的にモニタリングしながら、最適な維持管理の実現をめざす取り組みだ。「従来の定期点検に基づく維持管理から、リアルタイムデータを活用した予防保全型の管理、への転換が進んでいます。スマートインフラマネジメントでは、各種の計測を通じて収集された膨大なデータを、AIを用いて分析することで、異常の早期発見や将来の劣化予測を可能にします」と小濱准教授は説明する。
 小濱准教授が現在取り組んでいる斜面崩壊箇所のスクリーニングに関する研究も、スマートインフラマネジメントの可能性、実用性の拡大を目標としている。
 高速道路にとって斜面の崩落が、非常に大きなリスクであることは言うまでもない。高速道路会社は、法面(のりめん)の補強工事などのハード面の対策、土砂崩れを引き起こす原因となる降水量に応じて事前に通行規制を行うソフト面の対策、土砂崩れが起きたことをいち早く察知して現場に赴き、対処をして通行を再開させるといったソフト面の対策、の3つを大きな軸とした対策を講じている。小濱准教授は統計的手法を用いてソフト面の2つの対策を高度化してきた。そして今、ハード面の対策を支援するための研究を行っている。
 「NEXCOではどの法面に対して補強工事を実施すべきか、注意を払うべきか、が重要な課題となっています。法面の調査データや、災害が発生した記録はしっかりと残ってある。そして航空測量によって得られる大量のデータもある。ただどう活用するかが難しい。斜面が崩壊する原因は経験的には知られているものの、まだ知らない原因があるかもしれない。何より斜面というものはわからないことが多すぎるんです」

 そこで小濱准教授は、高速道路沿いの斜面崩壊の危険性を予測するモデルの作成を進めることにした。まず、航空機から取得したレーザー計測(LP)データを活用して、山陽自動車道で過去に土砂災害が発生した地点(渓流)の形状を詳しく分析した。プロセスは以下の通り。
 まず、対象エリアを1メートル四方のメッシュ(格子)に区切って地形データを作成。 次に地図中で過去に崩壊した場所と崩壊していない場所を区別し、斜面の勾配、水が集まる面積、地形の曲がり具合などの特徴を抽出する。
 そして2種類のAI(人工知能)を使って分析を行う。GCN(Graph Convolutional Networks)は、斜面崩壊の原因となる要因を探り出すのに使用。PointNet++は危険な斜面を見つけ出すのに使用した。
 その結果、GCNの分析では、斜面の横方向の曲がり具合(横断曲率)、標高、勾配が特に重要な要因であるとの推定が得られた。またPointNet++による予測では、実際に崩壊した場所の88%、崩壊していない場所については64%の精度で予測することができた。
「たとえば、崩壊において横断曲率、標高、勾配が重要な要素だとわかれば、それらを考慮したうえで、より効率的に危険箇所を見つけ出すことも可能です」

少なくとも今はAIは"なぜ?"に答えられない

 ところで、斜面の崩壊予測でも確かな分析力を発揮したAIを小濱准教授はどのように評価しているのだろうか。
「最近、AIによるデータ分析で意思決定を支援する、ということがよく言われます。これはAIに限らず、統計分析でも同じで、データ分析自体が直接、意思決定につながるのではなくて、必ず人間が意思決定するという形を取るわけです。では、なぜそうすべきなのか。AI、統計分析ともに、結局のところ、データの関連性を見ているに過ぎないからです。原因とか結果というものは分析の中には含まれてない。だから、原因・結果の因果関係を理解できる人間がしっかりと判断する、つまり、人間の意思決定を入れているということなのです。AIは思いもよらない答えを出してくることがある。正解か間違いかはわからないけど予測の精度は数字だけを見ると高いはず。でもその時、人間が正解だと思う答えじゃないと採用はしにくい。それはやっぱり、AIはデータの因果関係を見ていないという考えが何となくではあるけれどわかっているからです。人間はデータの関連性だけでなく、因果関係を導くことができる。その意味で、人間は今はAIよりも賢いといえます。」

_X0A9492.jpg

掲載日:2025年3月/取材日:2024年11月