人間の視覚的感性を数値化し、デザインの自動化システムをめざす

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篠森 敬三SHINOMORI Keizo

専門分野

視覚心理物理学 、色彩工学 、感性情報処理 、カラーユニバーサルデザイン 、脳科学、人間情報処理

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人間の視覚情報処理を心理学物理学的手法で明らかに

人間は視覚情報をどのように処理しているのだろうか。篠森教授は人間の視覚の働きを、解剖や電極で神経反応を取るといった外的刺激を与えることなく、実際の人間の知覚経験に基づく心理物理学という手法で測定し、実証的に解明している。

「心理物理学では心理的応答によって、生きた人間の神経系細胞の働きをライブ感を持って解析できます。そこが外的刺激を主とした神経生理学との大きな違いです」

実験協力者に物理的に制御したさまざまな視覚刺激を見せ、色や明るさなどを答えてもらい、視覚刺激の物理条件と人間の応答を結びつけて視覚特性を求めていく。具体的には、刺激の明るさや色による光応答速度の違い、色弱者や高齢者の色覚、視覚情報処理中の脳内活動などを研究し、数々の新たな知見を見出してきた。

「僕は口べたなので言葉で説明するのが苦手。なので何事も数式で表現できる物理学の道に進みました。でも理論物理はあまりに話が大きくて、もう少し人のスケールに近いところに行きたいと思うようになったんです。人間は"数式に表せない"ところにも興味があって。素粒子は式で表現できるのに、人間の性格はそうはいかない。身近さは全然違うのに不思議だなあと」

そして修士からは視覚心理物理学の世界に飛び込み、この道一筋でやってきた。

「どう見えているのか」から「どう感じているのか」へ

篠森教授が、ここ最近力を入れ始めているのが感性に関する情報処理の研究だ。

「色が見える・見えないとか、何色に見えるかというのは知覚レベルの話ですが、何かを見てどう感じるかというのは、もう少し上の脳活動です。人間の視覚についてはこれまで長く取り組み、多くのことがわかってきたので、その成果を生かして感性の領域に踏み込んでいきたい。今人間の視覚を意識した実践的なところは、プロのデザイナーさんが一手に担ってくれていますが、例えば色覚異常の方のためのデザインとは言っても、実際はなかなか難しいんです。その辺りがクリアになるような新しい指標をつくりたいと今研究を進めています」

従来の視覚の感性に関わる研究では、感覚的にどのデザインがいいといった論評が多かったという。一方、篠森教授は感性も数式で表現して定量評価を行い、人が感覚的に判断する際のわかりやすい評価軸を探し求めている。

具体的に取り組んでいる研究テーマの一つが、異なる2色の色パネルの位置関係が刺激全体の誘目性に与える影響についての解析だ。実験協力者に何パターンもの色パネルの配置を見てもらい、それぞれの目立ち度の違いをペアで比較。その結果から色パネル同士の相互作用を見出し、色配置の効果についてその法則性を検証している。

「この結果が数値化できれば、ものをつくる時に好みの強度で感じてもらえるような色の配置に役立ちます。信号や標識などは極端に高い強度が必要ですが、そういうのが日常にあふれていると、見るだけで疲れてしまいますよね。だから景観はバランスをとった方がいいんです。でもそういうことは今は直感でしかできていない。それを数式を使ってモデル化し、誰もが使えるようなものにしていきたいと思っています」

また多様に彩色されたファッション画を見た時の、一般色覚者と色弱者の感じ方の違いの解明も、今力を注いでいるテーマだ。人間の色の感じ方は一様ではなく、先天的な要因により3色覚とは異なる色覚を有する人が存在し、色覚異常(色弱)と呼ばれる。これらの人たちは、赤や緑の応答が3色覚者と比べて微弱であるため、これらの色のファッションから受ける印象もまた異なる可能性がある。そこで、2007年に豊橋技術科学大学と共同開発した色弱模擬フィルタ「バリアントール」を用いて、両者の間でどのようにファッション画の印象が変化するかを測定・解析した。

その結果、赤色・緑色のファッションでは、装着時は目立ち度が小さくなり、印象も大きく異なることがわかった。黄色・青色のファッションではほぼ変化はなかったが、橙色のファッションでは、黄色に近い見えに、紫色のファッションでは、青色に近い見えに変化した可能性があることを見出し、微妙な印象変化を捉えることができた。

「デザインのイメージは定まっても、どうデザインをすればその目標を達成できるのかは、それぞれの感覚的なものでしかわからないのが現状です。例えば、軽やかに、若者向けにといった形容詞を、デザイナーさんは一生懸命考え抜いて形にしています。この研究ではデザインを見て数値が出せるので、逆に数値を入れてデザインを出すこともできるはずです。今めざしているのは、あるイメージを持たせた数値を入れると、それに合致したデザインが自動的に得られるようなシステム。極めて難しいですが、そこに挑戦していきたいですね」

数式で表現することで、アイデアに可能性が生まれる

視覚心理物理学という分野は、他分野と比べて研究者の数が非常に少ないそうだ。「ひと筋縄ではいかない、アイデアと経験がものをいう分野だからかもしれません」と言う。篠森教授は、一度取り組み始めた研究テーマはどれも長く継続し、深く追求しながら新しい知見を導き出すことに何よりやりがいを感じている。例えば、加齢による見え方の変化についての研究は、研究者になった当初から続けているテーマで、25周年が目前だ。

「性格的に一度新しいテーマの研究を始めると、どんどんディープになってしまって(笑)。結論が出るまでとことんやり続けてしまうんです」

数々の成果を生み出してきたのも、そんな篠森教授のスタンスがあってこそ。

「この研究のおもしろさは、色の見え方や視認性などが数値になること。そこは数式で表現するのが大好きな僕ならでは、ですね(笑)。数値になると量として捉えられるので、途端に比較ができるようになる。それによって、今まで扱えなかったものが扱えるようになることが何よりうれしいですね」

数式で表現することで、アイデアに新たな可能性を吹き込んでいく。そんな篠森教授が研究のその先に見ているものとは?

「この研究が進めば、最終的には人工知能の方向にいくだろうと思っています。感性表現の自動化に近いですね。人間の脳の神経回路のように、階層的に認識を行う人工知能技術として今注目を集めているディープラーニングでの処理を個別に数式化できれば、よりいっそう人工知能に近づくんじゃないかという直感はあって。人工知能が最後まで到達できない領域がその辺だと思うので、そこを埋めるようなシステムですね」

篠森教授はそう言うと、確信に満ちたような表情を浮かべた。

掲載日:2016年4月1日

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