質的研究手法で、社会課題の解決に新たな視点をもたらす

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中川 善典NAKAGAWA Yoshinori

専門分野

社会調査、質的研究、ライフ・ストーリー研究、社会技術論、フューチャー・デザイン

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運転免許返納の裏側にある当事者の思いに迫る

 「地域」や「高齢」というキーワードに関して、さまざまな社会問題が山積する現代。中川准教授はこれらの問題の構造を明らかにしようと、定量的・定性的な社会調査の手法を駆使して研究を行っている。対象となる問題について統計分析やインタビュー分析などを行い、結果を行政に提示することで、よりよい施策の実施を支援することが目的だ。

「社会問題を扱う上では、そこに関わる人々の生きがいを理解することが必要になる場面が多々あります」と言う。こうした定量的な調査では不向きな部分を補うために、ライフヒストリー・ライフストーリーなどの質的研究手法を重視している。

 今取り組んでいるテーマの一つが、高齢者の交通問題。高齢者の交通事故は増加傾向にあり、行政は高齢者の運転免許返納を推奨し、サポート制度も整備している。しかし、個人として考えると、免許返納は人生の一大決心であり、移動を車に頼る地域に住む高齢者にとっては想像以上の不便と精神的苦痛を伴うことから、その影響を明らかにすることが求められてきた。

「家族に説得されてやむなく免許を返納する高齢者とその家族が、互いに納得できる形で意思決定を進めるためには、高齢者の人生の中で車を運転することがどんな意味を持ってきたのかを把握することが必要です」

 そこで、免許を返納した20人の高齢者やその家族にインタビュー調査を行い、家庭内の意思決定プロセスを調べると同時に、高齢者のライフストーリーを収集。その中で、高齢者にとって自分で運転できることが、自身の精神的な拠り所になっているケースが多いことがわかってきた。運転免許を取得した若い頃から始まって、車とどう関わり、車がどんな位置付けであり続けてきたのかー。当事者が語る話の文脈を追いながら、免許返納に至るプロセスを理解していく。このように高齢者の人生全体を把握・分析することで、免許返納という事象の意味を追求する研究はほかに見当たらず、学問的な観点からもその意義は大きい。

インタビュー調査によって心理面に配慮した問題解決へ

またインタビューを分析した結果、免許返納は、その人の築いてきたプライドを捨てさせかねない出来事であることが見えてきた。しかし、インタビュー調査など、高齢者が過去の出来事を振り返るような機会を得た場合には、自分の人生に対する認識が変化し、免許返納がポジティブな意味を持ち始めることもあるそうだ。今後は返納を拒否し続けている高齢者にインタビューを行い、「『返納しよう』という気持ちへと変化していくまでのプロセスをリアルタイムで追いかけていきたい」と意気込む。

 この研究結果から、免許返納という問題の解決において、インフラ面だけでなく、高齢者の心理面も考慮に入れることの必要性が見えてくる。

「免許返納後に公共交通機関のサービスを提供するだけで解決というのでしょうか。私は、その人自身が返納をポジティブな出来事として捉え直すところまでフォローして初めて問題解決だと思っています。社会問題において何が解決なのかというのは、人によって違う。そこに少し違った視点を提供することが重要なのです」

 中川准教授には、「見落とされがちな視点を補完することで、当事者の救いになってほしい」という思いがある。質的研究から見えてくる物事を明らかにできれば、その問題に対する解釈の幅は大きく広がり、多様な見方ができる人がもっと増えていきそうだ。

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掲載日:2018年6月4日

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