ナノ材料による高効率エネルギーデバイスを実現し、地域や世界の諸問題を解決に導く

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古田 寛FURUTA Hiroshi

専門分野

薄膜工学、ナノ材料、電子物性、応用光学・量子光工学、エネルギーデバイス(変換・蓄エネ)、メタマテリアル

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ナノスケールの回路設計によって、光の新たな性質を引き出す

 ナノテクノロジーの急速な進展により、ナノマテリアルが持つ構造とサイズに起因する圧倒的に高性能な電子・光物性が次々と発見されている。ナノマテリアルの中でも、カーボンナノチューブやグラフェンに代表されるナノカーボン材料は、ナノテクノロジー分野で最も注目されている素材の一つ。サイズに対して表面積が大きいという特徴に加え、電気伝導性・熱伝導性・機械的強度などが既存の材料を大きく上回ることが示され、電子・光・エネルギー材料としての応用が期待されている。
 古田 寛教授は、カーボンナノチューブをはじめとするナノマテリアルの構造を制御し、色素増感太陽電池用電極や放熱電熱材料、電子放出源材料などエネルギーデバイスへの応用につなげる研究を行ってきた。特に力を入れているのが、「メタマテリアル」の原理を利用した光学分野への応用だ。

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(グラフェンがナノメートルサイズの同心円筒状となった炭素構造体であるカーボンナノチューブ)

 メタマテリアルとは、原子分子より大きく、電磁波より小さいスケールで設計された電極などの人工構造体で、通常の物質では実現不可能な物性や機能を発現する。そんな「極小光デバイス」を実現するメタマテリアルの構成材料として、電気・光特性に優れたカーボンナノチューブが有望視されている。
 カーボンナノチューブが有望視される要因の一つが「自己組織化された成長プロセス」を持つ点だ。ナノメートルスケールのものをつくるためには、従来は大きなものをサイズダウンして小さなものをつくるトップダウンプロセスが用いられてきた。しかし、このプロセスはサイズの下限を迎えつつあることから、原子を自己配置し、自己組織化させることで機能ある形態と物性を引き出すボトムアッププロセスに移行しようと注目を集めている。つまり、加工という人工的な操作によらずに、緻密な回路設計に基づく複雑な構造体を自発的に組み上げていく技術が求められているのだ。
 カーボンナノチューブは個々のナノチューブがボトムアッププロセスによって自発的に構造形成し成長する性質を持ち、メタマテリアル応用に不可欠な微細かつ複雑な構造体の作製を、簡易なプロセスで実現できる可能性がある。

「カーボンナノチューブは、グラフェンシートが筒状になったナノサイズの直径を持つ長さ制御が可能な電気配線です。シリコン基板に植えられた種に見立てた触媒微粒子に、原料となるガスを供給することで、カーボンナノチューブを植物のように成長させることができます。ボトムアッププロセスにより自己組織的に配線を形成することが可能で、将来的には、ナノメートルスケールで意図したように回路配線パターンなどを形成できる可能性があるのです」

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(合成時間を調整して高さを精密制御したカーボンナノチューブのSEM(走査型電子顕微鏡)画像と、学生と組み上げたカーボンナノチューブ合成装置)

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(カーボンナノチューブを構成材料とするメタマテリアル電極の内部構造。緻密な回路設計により光吸収の機能性を向上させた[1])
[1] A. Pander, K. Takano, A. Hatta, M. Nakajima, H. Furuta, Optics Express, 28(1) (2020) pp. 606-625.

「従来は化学や力学の知識をもとに成り立っていたナノ材料分野において、回路設計によって光物性の性質を引き出すことにアプローチできるところが私たちの強みです。エネルギー資源に乏しい状況にある中で、従来は特定の性質を引き出すために希少元素を入れるなどの手法が採られていましたが、回路設計を行うことで特定の光を吸収して利用するような環境負荷が小さいシステムを構築することも可能です。これはまさにパラダイムシフトで、材料の性質を回路設計、つまりデザインできることに私たちは非常にエキサイトしています」

エネルギー資源の乏しい日本にとって、材料の新たな性質を引き出すために回路設計を用い得ることは非常に重要だと言えよう。

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 回路設計は人間が得意とするところであるが、これを大規模に作るには制限が生じる。「ナノメートルサイズの構造を大規模につくり、機能を発現させるためには、自然から学ぶ必要がある」という古田教授。自然界では至るところで自己組織的なパターン形成の現象を目にすることができるのだ。

「例えば、カタツムリの殻の表面もその一つ。電子顕微鏡で見ると表面にナノメートルサイズの凹凸があり、高度な清浄機能が備わっています。このほか、美しい雪の結晶や水晶など、自然界ではさまざまな自己組織化現象により機能性のある構造が形づくられているのです。これまで人間は、ある特定の機能を発現するためには、ナノメートルスケールのものを一から設計してつくっていました。私たちはそこからステップアップし、カーボンナノチューブのように自己組織的に成長するプロセスなどを生かし、自然界の自己組織性に倣った構造をつくることで、光を吸収したり、反射したり、それによって色が変わったりするような新たなメタマテリアルを生み出そうとしています 」

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 古田教授は、ナノメートルスケールの電極が自己組織的に形成される回路の設計に成功した。このように古田教授の研究は、ナノメートルスケールの回路設計と自然の自己組織化パターン形成を利用し、光の新たな性質を引き出そうとする、自然に学ぶ光エンジニアリングを目指していることが特徴的だ。

カーボンナノチューブフォレストをメタマテリアルに応用した世界初の概念を提唱

 基板の表面に対して垂直方向に向きをそろえて並んでいる多数のカーボンナノチューブは、多くの木が並んだ森のように見えることから「カーボンナノチューブフォレスト」と呼ばれる。カーボンナノチューブフォレストは光吸収に他には見られない優れた光学特性を持つ。

 2013年、古田教授の研究グループは、炭素膜の下に低密度なカーボンナノチューブフォレストが自己組織的に形成される構造に着目し、構造の厚さ制御に成功、その優れた光学特性を初めて見出した。これは、自然界に存在する霜柱のような構造を持つことから、「霜柱状カーボンナノチューブフォレスト」と名付けた。
 そして、霜柱状カーボンナノチューブフォレストの炭素膜の表面に規則的に微細な穴を開けた"フィッシュネット型"メタマテリアルの作製を実証。光吸収率を評価した結果、フィッシュネット形状に加工した霜柱状カーボンナノチューブフォレストは光吸収が増大することが明らかになった[2]。

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「炭素膜に小さな穴を開けると、光を通すのではなく、光が吸収されたのは驚きでした。光が穴を通って生じる電流が渦を巻き、エネルギーを吸収する。そんなアンテナのような構造がナノスケールで実現しました。多くの実験やシミュレーションを重ねて、光を吸収するメタマテリアルが実現しつつあります」

 ユニークな中空構造とフィッシュネット型のパターンを有する「霜柱状カーボンナノチューブフォレストメタマテリアル」の実現は、カーボンナノチューブの設計の幅を広げ、高精度な光検出や光学フィルタなど新たな光デバイスへの応用が期待される。こうした研究の成果は、カーボンナノチューブをメタマテリアルに応用した世界初の概念「カーボンナノチューブフォレストメタマテリアル」として注目を集めている。

 「カーボンナノチューブフォレストメタマテリアルは、これまでにない物性を回路設計によって制御し、つくり出すことができるエキサイティングな融合分野です。カーボンというありふれたナノスケールの電極材料を自己配置させることで、これまで捨てられていたような赤外線などの光を蓄エネし、電力として回収することもできます」  

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 さらに、古田教授は霜柱状カーボンナノチューブフォレストがカメレオンの皮膚表面の構造に類似していることも見出し、これを新たな性質の発現につなげようとしている。

「カメレオンの皮膚の表面には霜柱状の結晶構造が周期的に配置されており、屈折率の異なる皮膚ナノフォトニック結晶の間隔を変えることで色を自在に変えています。カメレオンがナノサイズの構造を制御することで色を変えているように、霜柱状カーボンナノチューブフォレストも炭素膜と基板の間の距離を制御することで、カメレオンのように自在に色を変えることができるような構造をつくりだしたいですね」

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(左が霜柱状、右が従来型のカーボンナノチューブフォレスト[2])
[2] H. Miyaji, A. Pander, K. Takano, H. Kohno, A. Hatta, M. Nakajima, H. Furuta, Dia. Rel. Mater. 83 (2018) pp.196-203.

世界、とりわけ地方や発展途上国のエネルギー問題解決につなげたい

 カーボンナノチューブの応用研究として、古田教授は企業と共同で、カーボンナノチューブの先端の尖鋭性と化学的安定性を利用した「6年間安定」という世界最長記録を誇る電子エミッタを開発した。さまざまな業界が注目しており、価格競争に巻き込まれないような特殊な電界電子放出源として生かす道を探っているところだ。

 このように基礎研究から応用・開発までを通してカーボンナノチューブの可能性を実証してきた古田教授。これらの研究を通してどんな未来を実現したいのだろうか。この問いについて、「ナノマテリアルを使って地球のエネルギー諸問題を解決したい。それが究極の目的です」と力を込める。
 ナノマテリアルを高効率のエネルギー・通信デバイスへと応用展開し、世界のエネルギー諸問題を解決するという大きなテーマに取り組みながら、特に地方や発展途上国におけるエネルギー問題の解決につながるように低環境負荷で低コストのエネルギーデバイス開発の実現をめざしているという。

「近い将来、大量のエネルギーをまとめてつくって各地に配分するような社会から、個人がエネルギーを管理できるようなエネルギー分散社会に変わっていくでしょう。個人が使える範囲のエネルギーを自らつくり、蓄積できるようになることで、各家庭で必要な量だけエネルギー変換できるような小規模なエネルギーデバイスが必要になります。ナノ材料は表面積が大きいのでエネルギーを蓄積しやすく、光を効率的にエネルギーに換えることができる。ナノ材料を使うことで、個人や世帯規模のエネルギーデバイス開発を実現できると確信しています」

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 少子高齢化が急速に進み、限界集落が多い高知県は、エネルギー分散社会の最先端を行く可能性がある。古田教授はナノテクノロジーによって、目の前にある地域特有のエネルギー問題から世界のエネルギー問題解決へ深く切り込んでいく。

掲載日:2020年4月1日

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