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全国初!巨大地震に備えた医療情報ネットワークの構築へ
県内の主要病院の医療データを全国で初めて共有
災害に強い情報通信ネットワークの整備は、震災リスクを抱える日本にとって喫緊の課題だ。東日本大震災では、いくつかの病院が津波によって流され、膨大な量の医療データが消失。このことは、被災者の診療を行う上で大きな妨げとなった。そうした経験から、全国の病院では「医療情報を外部にバックアップしよう」という意識が高まっている。そこで、福本教授が取り組んでいるのが、甚大な被害をもたらすと言われる南海トラフ巨大地震に備えた、高知県の医療情報ネットワークの構築だ。
「高知県内の病院の医療データの状況を確認すると、バックアップが病院内にしかとれていないことがわかりました。それが流されてしまったら、東日本大震災の二の舞になってしまいます」
そこで、最先端の研究開発用高速ネットワーク『JGN-X』を活用し、県内の主要な12病院の医療データを一ヶ所に集めて、東日本のサーバーにバックアップ。高知県民の7割のデータが集約された。病院の垣根を超えて、医療情報を全県で共有する仕組みが実現したのは全国で初めてのことだ。
セキュリティ対策が不可欠な個人情報を大量に含む医療データ。これらを漏洩なく一ヶ所にバックアップできたことは、セキュリティや情報伝達の確実性が高い新世代ネットワークを先駆けて利用できたことが大きいが、それだけでは到底実現できなかった。
「そもそも競合となる他の病院と医療データを共有するというのは、一般的に考えられないこと。しかし、病院ごとに自前で外部バックアップするとなると、かなりのお金がかかります。こうした共通の課題を解決しようと、県内の病院の情報担当者が一緒に議論をする場が生まれたことで、連携が強まり、実現に至りました。全国的にも例を見ない取り組みです」
県内の病院関係者の災害意識の高さと危機感が、医療データの一括バックアップを後押しし、横のつながりをも生んだのだ。
バックアップされた医療データは、作成したソフトやバージョンが病院によって異なるため、すぐに利用できる状態ではない。そこで、どこの病院からでも閲覧できるようにするために、福本教授は書式の統一を進めている。それが実現すれば、県内の主要病院で患者のカルテを共有できるようになり、通院歴や服薬履歴などがわかるので、不必要な検査や投薬の抑制につながるなど、災害時だけでなく、平常時の医療にも大いに役に立つ。
必要な情報だけを復元する仕組みを「秘密分散法」で開発
災害時に医療従事者が電子カルテを閲覧するにあたっては、まだ解決すべき課題が残っている。災害時は外部から派遣された医療従事者が負傷者や被災者の診療を行う。患者に適切な処置を行うために医療データの閲覧が必要だが、個人情報が含まれているため、患者本人が同意していない限り第三者が閲覧することはできない。
そこで福本教授は、患者の診察にバックアップデータから必要なデータのみを抜き出すことができる仕組みを「秘密分散法」という方式を使って研究してきた。秘密分散法とは、秘密情報を複数の分散した情報に分け、そのうちのいくつかを集めると元の情報が復元できるいう理論。ところが、秘密分散法で分散バックアップしたデータの復元は、復元できるかできないかのどちらかで、患者の診察に不必要なデータを秘匿したまま復元することはできない。そのため、秘密分散法を用いて分散バックアップしたデータを"部分的に秘匿したまま復元する"という新たな方法を開発した。
「電子カルテにはたくさんの個人情報が含まれていますが、医師がその患者に合った治療方法を見極めるのに、必要な情報は薬の服用履歴と病名だけ。こうした最低限必要な情報だけを選択的に復元できるような仕組みを開発しました」
この仕組みを導入すれば、医療従事者はタブレットやパソコンでアクセスするだけで、必要な情報だけを簡単に取り出し、適切な治療につなげることができる。
「一見医療の研究のように見えますが、この新たな理論は日常のあらゆる場面で活用できます。企業や教育機関などで個人情報を安全に保管する場合などにも、この仕組みが応用できそうですね」
医療情報ネットワークを四国全域に広げたい
災害時に医療データを利用するには、安全で確実なデータベースの構築に加え、ネットワークが寸断されていないことが不可欠だ。そこで大きな役割を果たすのが、「JGN-X」上で実験が進められている「Software-Defined Network(SDN)」だ。SDNはネットワークの構成や機能などをソフトウェアの操作だけで動的に設定・変更できるこうした新技術。パス切り替えやフロー制御が可能になり、通信障害が起こりやすい災害時に必要な情報を確実に流せるようになる。
「私たちがめざしているのは、アルゴリズムとネットワークの新技術を組み合わせた災害時でも確実に使えるような最先端の医療情報システムです。SDNを活用することでより高い効果を発揮でき、早期の実現が可能になると考えています。今後は実証実験を行いながら、信頼性と安全性をさらに高めていきます」
高知県で医療情報ネットワークの構築が実現し、四国の各県にも同じモデルを展開できれば、四国全域で医療データの共有が可能になる。
「災害時には県境など関係なく、重症者は近隣県の病院に搬送されます。なので、高知の人は電子カルテがあるけど、徳島の人はない、というわけにはいきません。県に閉じていてはダメなんです。ゆくゆくは、四国内のどこの病院でも患者に適切な治療を行えるような広域医療ネットワークを構築することが目標です」
さらに全国へと展開できれば、電子カルテが全国の病院で参照できるようになり、保険証だけ持参すれば、全国どこの病院でもスムーズな診療が可能になる。そんな未来が実現するかもしれない。
高齢化や過疎化が進み、課題先進県と言われる高知県。情報分野において、高知という場所が持つメリットは一見ないよう思われるが、「ITインフラ整備が行き届いた都会とは違い、高知には何でもそろっていないからこそできることがある」と福本教授は話す。また高知県の小さな人口規模は、新しいことを始めるのに最適なのだという。
「人口約75万人の高知県は、実験的なことが全県単位でできるちょうど良い規模。新しいことに一から挑戦しやすく、情報分野の研究環境として恵まれていると思いますね」
掲載日:2017年6月29日
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