会計監査制度の日本独自の形を世界に発信したい

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上村 浩UEMURA Hiroshi

専門分野

公認会計士監査、財務会計

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独立性を高めた監視システムの導入に疑義を唱える

公認会計士監査は企業の財務情報の信頼性を担保する上で重要な制度。しかし、社会を揺るがす会計不正の事例を見ると、監査制度は十分機能していないとも言える。そこで上村講師は、監査制度の中で経営者、会計士、及びコーポレートガバナンス(企業統治)が果たしている役割と財務報告プロセスに与える影響について研究してきた。

「例えば、財務諸表に今年度の売上が100億と記載されていても、これは経営者が主張しているだけ。第三者の監査人である公認会計士が数字の根拠を収集し、間違いがないか判断を下す必要があります。一昨年、東芝の過去数年分の財務諸表に大きな間違いがあり、意図的な可能性が高く、監査人も認識していたのではないかという報道がありました。なぜそんなことが起こるのかというと、それは人間同士の交渉だからです。監査というのはただ調べるだけでなく、経営者と監査人の意思決定の場であり、数字の妥当性を証明するプロセスの中ではさまざまなことが起こる。この現象に興味をもって研究を始めました」

財務情報の信頼性は第三者の監査人だけでなく、会社内部の組織によるモニタリングの影響も大きく受ける。米国では企業に監査委員会が設置され、独立の取締役を入れて、会社が不正なく運営されているかを監視するシステムが構築されている。一方、日本では監査役会という組織があり、人員の半分は社外監査役、もう半分は名誉職的な立場のいわゆる身内で構成されていることが多い。日本でも欧米に習うような流れが主流となってきたが、上村講師はそこに疑義を唱え、その正当性を証明しようとしている。

「日本の監査役制度の曖昧性がいけないという批判論が多く、米国のように独立性を強化して会社内部で経営者を監視しようという説が広がっていますが、僕はその考え方に否定的です。日本には日本の文化があり、組織のつくり方がある。"監査委員会の設置が当たり前"という考え方は短絡的なのではないかという思いがベースにあります」

今日本では、独立性を強化したシステムの効果を検証することが研究の中心だ。しかし、上村講師は「日本の組織にフィットしていないからこそ、大企業の不正会計や不祥事が取り沙汰されているのではないか」という新しい見方をしているのだ。

日本の風土や文化をベースとしたオリジナルシステムを

上村講師は、日本企業の内部のモニタリングが財務情報の信頼性を担保する上で有効に機能しているのかについて検証を行った。その手法として、日本の上場企業4000〜5000社の過去3〜5年分の財務諸表の数値データを集め、公認会計士がつくった監査内容と照合。さらにはガバナンスの社外性を高めることは日本企業にとって有効なのかを調べるため、すでに社会取締役を置いている企業の会計数値の質を統計学的に分析した。その結果、日本企業において社外取締役の存在は、その効果が意図したものになるかは疑わしいという結論を得た。「第三者が内部に入り込み、内部情報すべてを収集することは難しいと言わざるを得ません」と上村講師は言う。

「欧米の監査人は企業の内部統制の不備を発見し、摘発することを主としていますが、日本の監査人は指導や助言の役割を果たしています。日本の文化的背景を考えると、日本企業では会社のことを熟知している人が監査人を務める方が効率的な情報収集が可能になるのではないかと思っています」

では具体的にどんなシステムが必要なのだろうか。日本企業に合った独自のモニタリングシステムを探るため、パナソニックなど大手企業に現状をヒアリングしながら研究を進めているところだ。

「世界の潮流は掌握説に立っていて、経営者は独立性の高い人間が監視するべきだという流れがあります。しかし、日本の企業は逆で、経営者は従業員を信頼していて、彼らから上がってくる情報をなるべく遮断しないような仕組みがあります。つまり、証拠の収集を第三者に任せるよりも、内部情報を上に集約させるシステムを構築しているように見えるのです。これを日本独自のシステムとして発信できれば、一つのインパクトはあるかなと思っています」

日本企業では内部を第三者によってモニタリングするより、自己点検評価を導入する方が従業員のモチベーションアップや風通しの良さにつながる。これまでの研究を通して、日本オリジナルのシステムの形が少しずつ見えてきた。

経営に不可欠なのは、知識と理論に基づいた仕組み

27歳の時、上村講師は友人と起業した。FCビジネスを展開し、事業が拡大していく中で、財務管理の重要性を痛感したという。

「当時はいかに利益を上げるかに注力していましたが、どこかでブレーキをかけるシステムを導入しないと暴走してしまう。このことを身をもって体感しました」

そこで会社の経営と並行しながら、大学に通い始め、経営学を学び直した。世界の企業ではどのようにお金の出入りを管理し、モニタリングするシステムが構築されているのか。これに関心を抱いたことが、現在の研究につながっている。

「研究を始める前と比べると、僕の考え方は圧倒的に変わりました。経営には経験と勘が何より大事だと思っていたのですが、知識と理論に裏付けされたシステムを考え、実践し、修正していくことがイノベーションを起こす上では不可欠だと考えるようになりましたね」

現在はFCビジネスの傍ら、中小企業のコンサルティング事業にも進出。地域金融機関との連携により、事業創出や事業再生支援を行っている。

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80年代後半、好業績をあげてきた日本企業の経営の仕組みは世界的な研究対象になった。しかし、バブル崩壊後は一転し、日本企業が注目されることは少なくなった。「内部モニタリングというキーワードを起点に、日本の組織のつくり方は世界に引けを取るものではないと発信していくことが、日本企業にとって大きな意味を持つ」と上村講師は意気込んでいる。

「かつてトヨタの管理会計システムは世界で賞賛され、管理会計の分野で日本は世界から注目されてきた歴史があります。この研究によって、日本企業の内部監視システムが綿密な計算のもとにつくられ、世界に引けを取るものではないと発信できれば、再び日本企業にスポットがあたることになるでしょう。日本の企業は実はそういうシステムをたくさん持っているんじゃないかと思っています。それを少しずつ丹念に掘り起こし、公表していきたいですね」

掲載日:2017年6月29日

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