フューチャー・デザイン研究所

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研究所概要

 ここ数世紀、私たちは何をしてきたのでしょうか。私たちの活動が、生物における絶滅種の増大、水、窒素、リン、炭素などの物質循環の異変を引き起こしてきました。私たちの生活は豊かになるものの、私たちの活動は、地球一つの範囲では済まなくなり、地球そのものの持続可能性を脅かすまでに至っています。たとえば、前世紀に燃やしてしまった化石燃料を起因とする気候変動がおきつつある状況ですが、それに気づいていながら、今世紀の前半だけで、前世紀に燃やした化石燃料の倍近くを燃やそうとしています。

 なぜこのようなことが起こり、これからも続こうとしているのでしょうか。この背景には私たちのヒトとしての特性に依存している部分があります。私たちは、自己の生存確率を高めるために、目の前にあるおいしいものは食べるという近視性、将来を考えないないしは悪いことは起こらないだろうという楽観性を増幅させてきたのではないのでしょうか。私たちの社会を支えている民主制や市場も近視性や楽観性から派生した仕組みではないのでしょうか。市場は、目の前の欲望を実現する非常に優秀な仕組みではあるものの、将来世代を考えて資源を配分する仕組みではありません。将来世代は存在しないし、またお金を持っていないので、現在の市場に彼らの需要を表明することができないのです。民主制も、今生きている人々の利益を実現する仕組みであって、将来世代を取り込む仕組みではありません。数世代先の利益を代弁して選挙に打って出ても当選しないでしょう。私たちの作ってきた社会の仕組みは、残念ながら、将来世代の資源・可能性を惜しみなく奪っているのではないのでしょうか。

 今こそ、産業革命以降の私たちの社会を牽引してきた社会の仕組みを「変革」する時期だというのがフューチャー・デザイン研究所の基本的な立場です。変革にあたって、社会科学を含む科学の研究者は自己の分野の枠組みや暗黙の仮定を再検討し、一般の人々を含む多くの皆さんとそれを共有せねばならないでしょう。さらには、科学におけるこれまでの光の部分と共に陰の部分を想起するなら、研究者は謙虚であらねばならない、つまり「上から目線」はとらないというのも私たちの立場です。持続可能な地球、国、地域に変革するために、私たちが本来持っていたはずの「将来可能性」を再び私たちの特性にする社会の仕組み作りを目指します。「将来可能性」とは、現在の私たちの利得が減るとしても、これが将来世代を豊かにするのなら、この意思決定・行動、さらにはそのように考えることそのものがヒトをより幸福にするという性質のことです。皆さんのお子さんのことを考えて下さい。自分の食べるものを少し減らしてでも、子供に食べさせたいと思うのは自然な親の気持ちでしょう。これを自己の血縁関係を超えた将来世代にもというのが将来可能性です。私たちは、ヒトの将来可能性を生む社会の仕組みのデザインとその実践を「フューチャー・デザイン」と呼んでいます。

 フューチャー・デザインという考え方を基礎に従来の科学を見直してみると、将来世代を含む手法がほとんど開発されていないことに気づきます。たとえば、経済学を考えてみましょう。5年後の100万円を現在価値に割り引くと80万円などという考え方をしますが、なぜ将来のお金を割り引くのかというと将来世代のためにではなく、現在の自己利得を最大化するために割り引くのです。経済学のみならず、科学のあらゆる分野で将来世代を含む理論の構築とその革新をしなければならないのです。これは理論のみではありません。実験や調査の分野でも同じです。さらには、実践の分野でも将来世代を含む実践はほぼ皆無です。たぶん、将来を考えての町づくりなどを世界中でやっていると反論なさる方もいるかと思いますが、ほぼすべてが自分の将来であって、将来世代の視点からの町づくりではありません。私たちは、現在から将来を見ることと、将来世代の視点から現在をみることが全く別物であることを様々な実験や実践を通じて発見しています。このような研究を住民の皆さんと共に、高知のみならず世界の各地で広げていこうと考えています。

 私たちの考え方は、従来の社会科学のあり方そのものも変えようとしています。伝統的な社会科学の各分野においては、既存の人々の考え方や社会の仕組みのもとで何が起こるのかを課題にしてきました。一方で、20世紀後半から、人々の既存の考え方をもとに、社会の目標を達成するために社会の仕組みをデザインするという考え方が支配的でした。フューチャー・デザイン研究所においては、持続可能な社会の構築のために、人々の考え方そのものを変革するような社会の仕組みのデザインという全く新たな手法を開発することも目標にしています。

 これをお読みなっておられる皆さん、ご一緒にフューチャー・デザインしませんか。