2020.12. 4学群・大学院 / 研究 / 研究者・企業

地村客員准教授、中原教授、竹田特任教授らの研究グループが、将来の期待が自制心の強い意思決定を形成する脳の機構を解明

慶應義塾大学の田中 大輝氏(2019年理工学研究科修士課程修了)と地村 弘二准教授(本学客員准教授)、本学総合研究所 脳コミュニケーション研究センター中原 潔教授竹田 真己特任教授、青木 隆太助教研究当時)、メルボルン大学の鈴木 真介准教授らの研究グループは、ヒト脳の前頭前野が、経験したことのない未来の好ましい出来事を期待することに関連しており、その機構は、自身の経験に基づいて自制心の強い意思決定を形成する個人ほど増強されていることを発見しました。
今回の結果は、未経験で不確実な状況では、将来を期待することにより長期的に最適な行動を選択できることと、未来の期待に関連する前頭前野の機構が、薬物・アルコール依存症などの精神病理と関わっていることを示唆しています。
この研究は、11月13日に、米国神経科学学会(Society for Neuroscience)が発行するThe Journal of Neuroscienceの速報版で発表されました。

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(1枚目 左:中原 潔教授、右:竹田 真己特任教授) (2枚目:地村 弘二客員准教授)

「今5千円または1年後1万円をもらえるなら、どちらを選ぶか」という問題は、すぐ得られる少量の報酬か、待つことが必要な多量の報酬のどちらを好むかという問題として扱われており、行動経済学では異時的選択とよばれています。前者を好むことは衝動的、後者を好むことは自制(自己制御)的であると理解されており、自己制御が強いと、報酬の獲得を長期的に最大化できると考えられています(図A)。衝動と自己制御は、薬物やアルコールなどの依存症とも関連していることが知られています。

本研究グループは、ヒトに対する異時的選択の実験手続きの報酬を、これまで一般的に用いられてきた仮想的な状況におけるお金ではなく、非ヒト動物で用いられる飲み物としたうえで、経験したことがない報酬を待って消費するときの脳活動を、機能的MRI※1により断続的に撮像しました。機能的MRI撮像中、ヒト被験者は、いつ飲めるのかはわからない数十秒経ってから飲むことができるジュースの報酬(遅延報酬;図B・赤丸印)を経験し、次にそれよりも量が少ないすぐ飲める報酬(即時報酬;同青星印)を経験しました。最後に、両者のどちらか好きな方を選ぶことが求められました。

そして、行動経済学の理論に基づいて、予期効用※2というモデルを用い(図C)、未経験の報酬を待っているときに予期効用を反映しているような脳領域を探索したところ、前頭前野の一番前にある頭極部が見つかりました(図D・黒矢印)。さらに、前頭前野の予期効用を反映した脳活動は、自己制御の強い選択が形成される被験者ほど大きくなっていました(図E)。

一方で、報酬を消費している(ジュースを飲んでいる)とき、脳の深部にある腹側線条体の活動が大きいと、その後に少量のすぐ得られる報酬が選択される(衝動的になる)ことがわかりました。そして、報酬を待っているとき、腹側線条体の活動は前頭前野から抑制的な調節を受け、その調節は自己制御の強い被験者ほど強くなっていました。

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以上の結果は、経験したことがない好ましい出来事を期待しているとき、期待を反映している前頭前野の活動が大きいと、長期的に最適な自己制御の強い選択傾向が形成されることを示唆しています。そして、その期待に関連する前頭前野の信号は、進化的に古く、ヒトでは衝動性に関連しているとされる腹側線条体の活動を抑制することを示唆しています。

前頭前野の頭極部は、異時的選択をする多様な動物種のなかでヒトにおいてもっとも発達しており、その脳領域で「いつ起こるかわからない楽しいこと期待する」機能が観察されたことは興味深く、ヒトらしさを例示しているのではないかと考えられます。そして、楽しい未来を期待し、自分の経験に基づいて自制心のある選択を形成する前頭前野機能の理解が、薬物・アルコール依存症などの精神疾患や二日酔い、肥満の原因となる脳機構を解明するきっかけになることが期待されます。

プレスリリースはこちらから

【原論文情報】
Tanaka D, Aoki R, Suzuki S, Takeda M, Nakahara K, Jimura K (2020) Self-controlled choice arises from dynamic prefrontal signals that enable future anticipation. J Neurosci doi: 10.1523/JNEUROSCI.1702-20.2020.

※1 機能的MRI:神経細胞の活動に関連する生理信号を非侵襲で計測する手法の1つ。ヒトの全脳の活動を非侵襲で計測することができる。
※2 予期効用(anticipatory utility):将来の好ましい出来事を待つこと自体に効用(価値)があるという考え方。たとえば、1年後に旅行をする計画を立てたとして、その旅行が待ち遠しく、待つこと自体が楽しい状況を考えたとき、その楽しみを反映する。

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