圧倒的な「省電力化技術」で情報化社会を持続可能なものへ

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岩田 誠IWATA Makoto

専門分野

コンピュータアーキテクチャ、情報通信システム開発手法

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省電力化を実現するデータ駆動方式とは?

 身の回りのあらゆるモノにセンサーやデバイスが組み込まれ、ネットワークで接続されるIoT時代が到来し、多様なデータを用いて新たな価値を創出する世の中へと変化しつつある。アメリカの産業界では、毎年1兆個ものセンサーを活用する社会「Trillion Sensors Universe」を目指す動きもあり、情報化社会をより持続可能なものへと導くために、情報通信機器の省電力化は欠かせない技術の一つとされている。

 情報通信機器の心臓部となるのが、膨大な情報を処理する大規模集積回路(LSI)だ。現行のLSIチップの多くは、数百MHzから数GHzの高速クロックに同期して動作しており、このクロック信号の伝搬に要する電力消費が全体の3割を占めると言われている。
 これに対して岩田教授は、隣接する回路ブロック間でのみデータ送受を行う「セルフタイム回路」に着目し、省電力技術の開発に向けて長年研究を進めてきた。セルフタイム回路はクロック信号を用いないため、クロック信号の伝搬に要する電力が不要で、大幅な省電力化が可能となる。"無駄な処理を行わない回路"とも言えるだろう。

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「現行の制御駆動と呼ばれる多くの方法は、クロック信号が常時LSI全体に分配されており、待機状態でも電力を消費しています。一方、データ駆動方式では、クロック信号を使わず、計算が終わると次の場所にデータを渡すといった形で順番に処理をするバケツリレーのような仕組みを使っているので、データが到着した時に必要な場所のみを動作させることができます。つまり、不要な場所に電力を使わず、圧倒的な省電力を実現できるのです」  

 1997年には、セルフタイム回路による商用マルチプロセッサチップのLSI化に成功。当時、電力あたりの性能は世界最高レベルを達成した。このようにデータ駆動の原理を搭載し、実際に稼働するLSIを開発した例は、世界的にも珍しかった。

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革新的なセンサネットワークシステムの実現に貢献

 情報通信機器の数が莫大に増えることで、新たに浮上するのがメンテナンスの問題だ。従来の制御駆動方式では、センサ情報などの処理に要する消費電力を正確に予測できず、不測の電池切れが避けられないことが問題視されてきた。一方、データ駆動方式は、仮に異常が起きても自律的に稼働し続けることができるため、こうした問題を解決する技術としても期待されている。

「機器の数が増えると、故障したら見に行くという旧来の体制では到底対応できないので、故障しそうな時期をあらかじめ予測し、それに合わせて計画的にメンテナンスを行うことが不可欠になります。データ駆動プロセッサは、無駄な処理が一切ないので、消費電力量の的確な予測ができ、不足の電池切れも防ぎます。結果として、情報通信機器の計画的な保守運用につながるのです」

 近年、水道民営化の話題をよく耳にするが、水道管の老朽化など人による監視が必要な部分にデータ駆動プロセッサを導入すれば、計画的な水道管の交換や人件費の削減も可能になる。このように身近な公共インフラについても、ハードとソフトの両面で、コストダウンにつなげることができそうだ。

 データ駆動プロセッサのメリットはこれだけではない。あるデータの処理中でも別のデータを受け入れて、並列に処理できるという特徴も持つため、連続的な映像データと不連続な音データといった発生頻度が大きく異なるデータも同時に処理できるのだ。さらに、メモリにデータが蓄積されていることを前提とする制御駆動プロセッサと異なり、データはメモリに書かれずに直接プロセッサに入力されるので、入力データをメモリに読み書きするための遅延も生じない。 
 これらの特性を活用すれば、従来は扱うことが困難だったカメラを搭載した高度なセンシングが可能となり、橋や高速道路、トンネルなどの老朽化を監視する無線センサネットワーキングシステムが実現できる。従来よりも高い信頼性を持つ革新的なセンサネットワークシステムの実現に、欠かせない技術と言えよう。  

 このデータ駆動プロセッサを普及させるため、2018年3月、岩田教授は筑波大学の共同研究者とともに、ベンチャー企業を設立。実用化への準備を着々と進めているところだ。長年温めてきた独自の技術で、いよいよ世界に打って出ようとしている。

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脳科学との融合研究で、脳のような次世代コンピュータをめざす

 「コンピュータの価格が下がり、個人で買える時代になったのが、ちょうど高校生の頃でした」と言う岩田教授。小遣いを貯めて、パソコンを手に入れたことが、その後の人生を決定づけた。コンピュータ技術の発展とともに情報工学への興味も深まり、「これからはコンピュータの時代になる」との思いで、大阪大学工学部電子工学科へ。今の研究テーマに出会ったのは大学4年生の頃で、かれこれ30年以上、一貫して同じテーマに取り組んできた。

「学生時代、本学の元副学長である寺田浩詔先生の研究室に在籍していました。寺田先生が、『これからはLSIチップの時代であり、LSIに適したデータ駆動プロセッサをつくることが重要だ』とおっしゃって、それからこのテーマに取り組むようになりました。それがすべての出発点です」  

 そして今、岩田教授の興味は、人間の脳の仕組みにある。2017年から本学総合研究所・脳コミュニケーション研究センター長を務め、脳科学と情報通信技術を融合させた研究にも力を入れている。 岩田教授は、脳に関する知見を深める中で、ある重要なことがわかってきたという。それは、これまで開発を行ってきたデータ駆動プロセッサと人間の脳の仕組みは、非常に親和性が高いということだ。一体どういうことなのだろうか。

「人間の脳は約1000億個の神経細胞からできていて、互いにネットワークでつながっています。一つの神経細胞から次の神経細胞へと、情報はバケツリレーのように運ばれるのです。非常に高度なことをやっているのに、消費カロリーは圧倒的に低い。つまり、長年研究を進めてきたデータ駆動方式とまさに同じような仕組みなんですね。脳にある省エネルギーの仕組みを解明し、LSIプロセッサに応用できれば、さらなる低消費電力化も夢ではありません」

 岩田教授が追求してきた研究の延長線上には、人間の脳の仕組みがあった。このことを起点に、また新たな応用へと研究は広がりを見せている。

「ヒトの脳の中には、現在のLSIに集積できるトランジスタ数をはるかに上回る数の神経細胞が存在しています。将来的にLSIの集積度が高まり、脳の密度と同程度のものができるようになれば、脳梗塞や事故で破損した脳の代わりとなる脳型コンピュータをつくることも考えられます」

 人間の脳を模倣できるような脳型コンピュータの実現は、もともと岩田教授の夢でもあった。その一歩として、神経細胞とまったく同じ動きをするようなニューラルネットワークの研究開発を学生たちとともにスタートしている。

「実際の脳神経回路の仕組みと、今話題のディープラーニングのニューラルネットワークの間には、大きな乖離があることがわかっています。そこで、神経細胞に限りなく近い動きをする、できるだけ簡単な仕組みのモデルをつくり、LSIチップ上に回路として実装することが目標です。この先、コンピュータの性能が上がれば、人間の脳と同じように動くモデルをコンピュータ上に乗せて動かせる時代がやってくるはず。そんな次世代コンピュータに搭載できるような回路をつくってみたいですね」

 持続可能な情報化社会を実現する上で、人間の脳はまさに理想的な仕組み。脳科学との融合研究によって、脳のように知的な次世代コンピュータの実現が、さらに近づきそうだ。

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掲載日:2019年4月2日

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