- システム工学群
- 大学院
高知県 高知土木事務所
Suzuki Mayu鈴木 麻由さん
- うまくいかない日ほど学びがありました。
研究で培った粘り強さが、
現場で踏ん張る力になっています。 -
高知県 高知土木事務所
(システム工学群 建築系2017年卒業/大学院修士課程 社会システム工学コース2019年修了)
愛知県出身の私が高知工科大学の門を叩いたのは、高校の担任の先生から「先輩が一人進学していて、良い大学らしいよ」と勧められたことがきっかけでした。もともと国公立大学をめざしていたことに加え、「親元を離れて一人暮らしをしてみたい」という気持ちもあり、合格を機に迷わず進学を決めました。
知り合いのいない土地での新生活に不安もありましたが、学生寮に入った瞬間にその気持ちは吹き飛びました。先輩が「みんなでご飯行こう」と声をかけてくれ、気がつけば自然と仲間ができていたのです。美しいキャンパスに囲まれ、「ここで大学生活が始まるんだ」とワクワクしたのを覚えています。
入学当初は、「建築=図面を描くこと」という漠然としたイメージしかありませんでした。でも学びを深めるうちに、感性が評価されるデザインよりも、計算結果が数字や現象として返ってくる構造・材料分野の方が、自分にはしっくりくると気づきました。
転機となったのが、大内先生(大内 雅博教授)の「コンクリート工学」の授業です。自信を持って臨んだはずが、まさかの"落単"。ショックでしたが、それ以上に悔しさが込み上げ、「コンクリートのこと、もっと理解できるようになってやる!」とやる気に火がつき、大内研究室を志望することを決意しました。
そこからは、まさにコンクリート漬けの日々でした。セメントの代わりに、木質バイオマス発電所から出る「木灰(きばい)」を使った環境にやさしいコンクリートの研究に没頭し、日々配合を変えて強度発現のメカニズムを追いかけ続けました。うまくいかないことの方が多かったのですが、大内先生は「うまくいかなかったことも大事な成果だよ」「面白いねえ」と、どんな結果も否定せず、面白がってくれました。その前向きな言葉に、何度救われたかわかりません。失敗を恐れず挑戦すること、起きた現象を素直に受け止める姿勢を、先生から学びました。
大内研究室は、とにかく「みんなで汗をかく」スタイルでした。作業着を着てフォークリフトを運転したり、オープンキャンパスでは高校生向けの体験デモを一緒に運営したり。時には先生とタケノコ掘りを楽しむこともありました。そんな泥臭くて濃密な時間を共有した同期の5人は、卒業後も集まるかけがえのない仲間です。

就職は、インターンシップで出会った職員の方々の人柄に惹かれ、高知県庁に。母からは「愛知に戻らないの?」と強く反対されましたが、それでも選びたいと思えた道だったからこそ、「高知でしっかりと生きていく」という覚悟が固まりました。
現在は高知土木事務所で、河川の浚渫(しゅんせつ)や堤防耐震工事の発注・監督業務を担当しています。事業の計画から完成までを統括する"司令塔"として、南海トラフ地震を見据えた補強工事など、地域の命と暮らしを守る最前線に立っています。
現場では、予期せぬ課題に直面したり、住民の方々の切実な要望を受けたりと、責任の重さを痛感する場面も少なくありません。それでも、コンクリートや構造物への苦手意識がなく、構造のイメージが自然と浮かぶのは、大学時代に基礎を徹底的に叩き込まれたからこそ。そして何より、「粘り強く向き合えば必ず形になる」という研究から得た実感が、揺るぎない自信につながっています。
もし今「学生時代に戻りたい?」と聞かれても、「十分楽しんだので大丈夫です!」と胸を張れます。それほど、高知工科大学で過ごした6年間は充実していました。卒業生として大学のさらなる発展を願いながら、これからもこの高知の地で、人々の暮らしを守る仕事に向き合っていきたいと思います。

Memory of My Campus Life
修士2年の時に台湾での国際学会に参加しました。慣れない英語での発表は大変でしたが、烏山頭ダムの見学や現地の研究者とのにぎやかな食事会など、発表以外の時間も充実しており、緊張と楽しさが詰まった濃密な旅となりました。今でも大切な思い出です。今も大内先生から研究の進捗について連絡をいただくことがあり、つながりが続いていることをとても嬉しく感じています。

2025年11月 取材
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